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帰宅 -スラム考-

さきほど、デリーからムンバイに戻ってきました。

家に着いてほっとしている自分に少し驚きました。
やはり、どんなところでも「家」というのは良いものだなあと。これがホテルだったらどんなにきれいでも同じような感覚は持たないでしょうから。

この3日間、ムンバイとデリーの日系企業を中心として、多くの会社、事務所を回り、たくさんの参考になる話を聞くことができました。
今回の成果は、今後の仕事や論文に大いに生かしていきたいと思います。

デリーでの3日間は、おいおいアップする予定ですが、今回はムンバイで聞いた話をテーマにしたいと思います。といっても、仕事に直接関連する話ではなく、ムンバイのスラムについてです。

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このブログにも何回か書きましたが、現在のムンバイの人口は約1600万人と言われており、これらの人々が東京23区よりも狭い面積の中にひしめき合って暮らしています。

今回聞いた話によれば、この1600万人のうち、約700万人がスラムの住人であるとのことです。要するに、全人口の半分近く、大阪の全人口を越える人間がスラムに住んでいるということです。
ムンバイのスラムは、その規模から「アジア最大のスラム」と呼ばれているそうです。

この話を聞いたとき、驚くよりも納得感が込み上げてきました。
生活実感としては、確かにそれくらいスラム人口がいてもおかしくありません。

このブログの方針として、そこが有名な観光地になっているなどの例外的な場合を除き、スラムやそこに住む人々の写真は全く載せていません(理由は、「エンターテインメントを目的としたブログで、スラムやそこに住む人々の姿を面白半分に取り上げるべきではない」という私の個人的な考えによります。)。

そのため、このブログを読んでいるだけではあまり実感できないかもしれませんが、実際にはムンバイの街中はスラムだらけです。
空港近くに最大のスラムがあるのですが、それ以外にも小さなスラムがいたるところに点在しています。最新の清潔なホテルやショッピングセンターの裏がスラムということも珍しくありません。
路上生活者や物売り、物乞いの数も半端ではなく、外国人が歩いていると、いたるところで手を差し伸べてきます。

また、いわゆる下級階層の人々のハングリーさはただならないものがあります。
ムンバイにおける下級階層の例としてしばしば挙げられるタクシーの運転手を例にとれば、「常にタクシー料金を高くごまかそうとする」というのは、言い換えればそれだけ生活に懸命ということです。「運転が強引」、「決して譲らない」というのは、それだけ生存競争が厳しく、譲っていては生きていけないことを意味します。

スラムの人々には、伝統的なヒンディーの不可触賤民のほか、バングラデシュ等からの移民が含まれています。後者は政治と経済が崩壊した母国から、インドに少しでも良い生活を求めてやってきた人たちです。
(ちなみに、バングラデシュの政治と経済の崩壊、人口爆発等の問題については、↓をご参照ください。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%87%E3%82%B7%E3%83%A5#.E7.B5.8C.E6.B8.88

デリーのスラムは、中央政府の介入により、かなりの程度解決が図られてきているとのことですが、ムンバイのスラムは地方政府の管轄であることもあり、一向に解決が進んでいません。
特に、移民についてはどうしても解決が先延ばしになりがちのようです。

生活するのに快適か、と問われれば、もちろんこのような環境での生活は快適ではありませんが、空前の経済成長を続けるインド、その中で商業都市としての中枢を占めるムンバイの抱える課題として、このスラム問題についてはなかなか考えさせられるものがあります。

それにしても、人口の半分近くがスラムという街で、この治安の良さは本当にすごいと思います。
アパルトヘイトを廃止した結果、周囲のスラムから黒人や移民が流れ込み、治安が際限なく悪化して、「世界最悪の犯罪都市」、「リアル北斗の拳」と呼ばれるようになってしまった(街の一部は完全にゴーストタウンになっている)南アフリカのヨハネスブルクと比べれば、人口の半分近くがスラム住民なのに「夜1人で歩いていても、まず大丈夫」というムンバイの状態は奇跡的といって良いでしょう。
(ヨハネスブルクの治安については、↓をご参照ください。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%B0#.E6.B2.BB.E5.AE.89.E5.95.8F.E9.A1.8C

ムンバイの治安が保たれている理由には諸説ありますが、争いを好まないインド人の気質、伝統的カースト制度による諦観(「下層の人間は一生下層であるべし」というカーストの思想)、治安当局の適切な対応などが考えられます。

後ろから撃たれて殺された後に物を奪われること(ヨハネスブルクではよくある犯罪手法。そもそも、この街は死亡原因の第1位が「殺人」になったこともあります。)を思えば、たまにタクシーでぼられるくらいは許せようというものです。

まあ、比べる対象が間違っているともいえますが。

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なお、実際にヨハネスブルクで生活していた人のブログによれば、「日本と比べると、ヨハネスブルグは確かに犯罪率が高く、危険な街ですが、常識を守った行動をする事で、ほとんどの犯罪は回避できます。」とのことです。
というわけで、北斗の拳云々は一種のネット都市伝説なのですが(とはいえ治安が悪いことは事実です。)、表現が面白かったので使わせていただきました。

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Pa180095デリーで入手してきた日本食及び日用品です。
これでまたしばらくは何とかなりそうです。

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