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インド会社法解説その19 -株式、新株予約権④-

インド会社法原文リンク
http://www.vakilno1.com/bareacts/companiesact/companiesacts.htm

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インド会社法解説その15の最後で少し書いた、インド会社法上の株主の権利(株主総会の普通決議事項、特別決議事項、少数株主権)についてのまとめですが、結局論文として発表することになったため、論文発表まではブログで取り上げるのを控えたいと思います。

さて、今回は自己株式の取得および株式分割の解説です。

インド会社法上、会社には自己株式その他自ら発行した証券(以下「自己証券」といいます)の取得の権限が認められています(インド会社法77A条)。
ただし、日本の会社法と同様、自己取得の財源には制限があり、①自由準備金(free reserve。準備金のうち、会社が比較的自由に取り崩せるものをいう。)、②自己証券買取専用アカウントへの計上金、③これから発行する株式、証券とは異なる種類の株式、証券の発行により得た払込金のいずれかのみを財源とする必要があります(同条1項)。

③について少し補足すると、同じ種類の株式や証券で得た払込金を、同じ種類の株式や証券の自己買取に利用するのは駄目ということで、たとえば、普通株式のみを発行している会社で、普通株式の新株発行により得た払込金を、同じ普通株式の自己取得に利用するのは認められないということです。
なんだかややこしいようですが、ちょっと考えれば、「同じ種類の証券を発行して得た金で自己証券を取得する」というのは、単なる循環にしかなっていないので無意味ということがわかります。

また、会社内部の手続きの問題として、自己証券の取得には、会社に自己証券の取得を授権する附属定款の規定、またはそのような定款規定がない場合には取締役会決議による授権決定が必要となります。
さらに、自己証券の取得額が、資本金および準備金の合計額の10%以上となる場合、上記に加えて、株主総会特別決議(4分の3以上の賛成)が必要となります。
さらに、自己証券の取得には期間制限があり、前回の自己証券取得から365日以上経過していない場合、次の自己証券取得を行うことはできません(以上、同条2項(a)、(b))。

自己証券の取得上限は、トータルで資本金および準備金の合計額の25%以下となります。なお、自己株式については、この制限に加え、さらに毎年度の取得価額上限として、当該年度の資本金額の25%に相当する額以下となります(同条2項(c))。

会社は、取得した自己証券を取得から7日以内に償却しなければならず、償却の方法は「物理的な破壊」とされています(同条7項)。相変わらず豪快というか…

その他は細かい手続きなので、ご興味のある方は直接インド会社法77A条を読んでいただければと思いますが(SEBIへの報告義務もあったりします)、いずれにしても、インド会社法上、自己証券の取得は手続きさえ踏めば比較的容易にできるという点は重要だと思います。
今の日本の会社法の感覚からすると当たり前のようにも思われますが、つい7年前までは日本では自己株式の取得は原則禁止だったことを思うと、経済的には日本の昭和30年代くらいのインドが今現在の法令で自己株式の取得を認めていることはなかなか興味深いです。

ちなみに、このように自己株式取得が認められていることは、外国直接投資(FDI)や外国機関投資家投資(FII)の投資上限の問題と絡んできます。
たとえば、FDIで投資上限が49%の業種で、ぎりぎり49%まで保有しているFDI外国投資家がいるような場合に、会社が自己株式の取得+償還を行うと、当該FDI投資家の株式持分が50%を超えてしまうという事態が発生します。

このような場合にはどうなるのかインド人弁護士に聞いてみたところ、「外国投資家の責任ではないので直ちに外資規制違反が問われるということはないだろうが、超過状態を認識しつつ長期間その状態を放置するなどの事情がある場合には問題視される可能性があるので、すみやかに株式を売却するなどして超過保有事態の解消をした方がよい」とのことでした。

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株式分割について、インド会社法上、株式分割は株主総会通常決議事項とされています(インド会社法94条1項(d)、同条2項)。

そのため、取締役会設置会社においては取締役会決議で株式分割が決議できる日本の会社と異なり、インドでは株式分割はそう頻繁に起こるというものではないそうです。
インドの上場会社における株式分割の手続、タイムラインは、おおむね以下のとおりです。

①株式分割の決議のための株主総会(普通決議)の21日以上前に、当該株主総会召集のための基準日が設定され、当該基準日時点での株主に対して株主総会召集通知が発送される。
②株主総会が開催され、その株主総会において、株式分割の基準日、株式分割の効力発生日および分割後新株の取引開始日を含む、株式分割全体のスケジュールが決議される。株式分割には30日以上の公告期間が必要とされるため、株式分割の基準日は、株式総会開催日から30日以上後である必要がある。
③株式分割の基準日から平均7日間会社の株主名簿が閉鎖される。株主名簿の閉鎖期間は、基準日から分割効力発生日までである。なお、7日という日数について、法令上特に日数の定めはないが、実務上7日間という例が多いとのこと。
④基準日後、取引開始日まで、証券取引所は当該株式について、No Delivery Periodという決済禁止期間を設ける。この間は、分割前株式自体の取引は可能であるが、決済はNo Delivery Period経過後にのみ行われる。No Delivery Periodは、「基準日後、取引開始日まで」なので約7日から10日程度。
⑤株式分割の効力発生日時は、分割後新株の取引開始日の一営業日前の証券取引所の営業時間終了後に設定される。通常、月曜日を分割後新株の取引開始日とし、その前週の金曜日の午後6時等を分割効力発生日時とする。
⑥分割効力発生日に、基準日現在の株主は、分割後新株を取得する。この分割後新株を相対取引等で譲渡することは可能であるが、分割後新株の取引開始日までは証券取引所は開かないので、同日まで証券取引所で取引することはできない。また、分割後新株の取引開始日までは会社が開かないので、その前に相対取引で分割後新株を譲渡していたとしても、株主名簿の書き換えを請求できるのは結局分割後新株の取引開始日となる。
⑦分割後新株の取引開始日(基準日から約7日後)に、証券取引所において分割後新株の取引が可能となる。

上記から、株式分割の過程を概観すると、
(ア) 基準日は株式分割効力日の約7日間前
(イ) 株式分割の効力発生日は、分割後新株の取引開始日の一営業日前の証券取引所の営業時間後
(ウ) 分割後新株の取引開始日は、平均で株式分割基準日から10日後程度(=7日間の名簿閉鎖期間+効力発生日後の土日)
となります。

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なお、以上の過程において、権利落ちによる価格下落は、(イ)株式分割後新株の取引開始日に生じているとのことです。

ん?おかしいな?
基準日現在の株主に分割株式が割り当てられるなら、権利落ちによる価格下落は基準日(あるいはその少し前)に生じるんじゃないの?

疑問に思って聞いてみたところ、以下のような説明が帰ってきました。

・上記4で述べたとおり、株式分割の基準日後も分割前株式を取引すること自体は認められており、ただ決済がNo Delivery Period経過後に行われるというにすぎない。
・そして、インドでは、基準日後に株式が取引され、株主の異動があった場合、証券取引所がその異動を記録し、会社に報告することにより、基準日後の株主異動のトレースが行われている。
・このトレースにより、会社は分割効力発生日に、「異動後の株主」に分割新株を割り当てることができる。
・すなわち、インドでは、基準日時点の株主に分割新株を割り当てることを原則としつつ、基準日後以降に株主変動が生じた場合にはその異動を把握して新しい株主に分割新株を割り当てるとの方法がとられている。
・この場合、基準日後に株主が変動したとしても、分割効力発生日における実質株主に分割新株が割り当てられることとなるため、基準日前後の権利落ちという問題は生じない。
・したがって、株式分割による価格下落は、分割後新株の取引開始日に生じる。

以上の説明に対して、まだ納得できなかったので、

「基準日後におきる株式の異動をトレースし続けるなら、『基準日』の意味がないのではないか。それに、膨大な株式取引を全てトレースすることが本当に可能なのか。」

と質問したところ、

「基準日後にNo Delivery Periodが設定されると、決済がT+7からT+10になる。このような決済が遅い証券を投資家があえて選択して取引することは通常ないので、一般的にはNo Delivery Periodが設定された株式についてはNo Delivery Periodが終了するまで流動性が極めて低くなる。したがって、現在の実務上、基準日以降実質株主が動くことはほとんどなく、多くは基準日時点での株主(株主名簿記載の株主)にそのまま割り当てが行われる。また、流通性が下がる(=取引の頻度が下がる)ことから、実質株主のトレースも容易にできる。そもそも、証券取引所が株式分割が発表された株式についてNo Delivery Periodを作る目的は、株式の流通を阻害して異動が発生しにくいようにし、トレースを容易にする点にある」

との回答でした。

要するに、インドの上場会社の株式分割では、
「基準日をベースとしつつ、その後の実質株主変動(No Delivery Periodの制度により、実際にはほとんど起こらない)も捕捉した上で、分割効力発生日に実質株主に分割後新株を割り当てる」
という方法が採られているということであり、その結果、分割による価格下落は分割効力発生日(正確には、翌営業日の分割後新株取引開始日)まで生じないということのようです。

別の側面からいうと、「株式分割の基準日」という言葉のニュアンスが少し日本とは異なるようで、日本では「その時点での株主に機械的に割り当てる日」というニュアンスであるのに対し、インドでは「一応株主をある程度確定する日」という程度のニュアンスしかないようです。

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さて、上記のインド株式分割のシステム、どう思われたでしょうか。

個人的にはものすごく非効率かつ間違いが起こりやすいシステムだと思います。

おそらく、近い将来、誰かがこの制度の穴を利用して、インドで株式分割を利用して一儲けするでしょう。そうなったら、日本的な意味での基準日の導入など、株式分割制度について抜本的な改正が進むかもしれません。

ちなみに、インドでは株式分割に対する社会的関心が驚くほど低く、権利落ちの問題や株価変動の問題については、現時点ではほとんど議論が進んでいません。特に権利落ちによる株価変動は、ものすごく重要な問題だと思うのですが、誰もあまり正面から議論していないようです。

もっとも、日本でも、株式分割がメジャーな論点となったのはごく最近であり(現在は制度改正により是正されましたが、分割から株式発行までのタイムラグを利用した資金調達手段としての株式分割や、買収防衛手段としての株式分割が問題とされたのはここ数年のことです)、昭和30年代に株式分割に関する論点がさかんに議論されていたとは思えないので(そもそも昭和30年代の商法上、株式分割制度があったのかは知りませんが)、こんなものなのかなという気もします。

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インドの株式分割制度は以前一生懸命調べたところなので、ついたくさん書いてしまいました。権利落ちによる価格下落の問題以降はかなりマニアックな内容になっていますので、適当に読み飛ばしていただいて結構です。

次回は、組織再編(事業譲渡、合併、会社分割)の解説です。

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