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インドの模倣品事情

月曜日に、ムンバイ訪問中の経済産業省に出向している弁護士の方(ちなみに、司法研修所同期の方でした)とお会いしました。
模倣品対策のミッションでムンバイに来られたとのことであり、夕食を食べながらインドの知的財産権保護状況と模倣品事情について色々お話しました。

現地で仕事している実感として、インドの模倣品事情は中国や韓国、台湾といった東アジアの国々、またベトナム、タイ、フィリピン等の東南アジアの国々と比べて、それほど深刻ではなく、模倣品の種類数自体が少なく、またその市場も上に述べたような国々に比べれば遥かに小さいといった状況です。

模倣品天国のアジアに属しているにもかかわらず、インドで模倣品がそれほど深刻な問題になっていない理由について、以下、月曜日にお話ししたことを踏まえてつらつらと。

・模倣品の需要が少ない
そもそも、なぜ模倣品が発生するかというと、本物を(あるいは本物そっくりの模倣品を模倣品と知って)欲しい人がいるからで、たとえばルイ・ヴィトンの模倣品がはびこるのは、それだけ本物(あるいは本物そっくり)のルイ・ヴィトンを欲しい人が多いからです。

で、なぜ皆「本物」が欲しくなるかというと、情報を入手するからです。知らなければ欲しいとも思わないわけで、口コミにせよマスコミにせよ、何らかの情報伝達手段により、「本物欲しいと思う人」が発生し続けることにより、本物の需要と同時に模倣品の需要が生まれるわけです。
口コミがメインで「本物の需要」が発生した例としては、東南アジアにおけるホンダのバイクなどが挙げられ、マスコミがメインで「本物の需要」が発生した例としては、日本におけるブランド物のバッグなどが挙げられるでしょう。これらの「本物の需要」は、同時に「模倣品の需要」を生んだわけです。

ところが、インドはものすごい格差社会である上に地方間の情報断絶が激しく、口コミ、マスコミともに情報伝達手段として十分に機能していません。
口コミの効果はもともと限定的ではあるのですが、以下に述べる「中流階級の不在」により、さらにその効果は限定的になっています。マスコミにいたっては、そもそもテレビやラジオを持っているのは上流階級の人間だけという世界で、都市部はともかく田舎は完全に置き去りです。

このような情報断絶により、国内については「本物の需要」も喚起しにくいが、同時に「模倣品の需要」も喚起しにくいという状況になっているわけです。
ちなみに、インドで「本物の需要」が喚起できている数少ない業種として自動車がありますが、これはそもそも模倣品を作りうるだけの技術を持った国内の業者がとても少ない(大手ではTATA Motorsくらいしかありません)こともあり、技術模倣はそこまで深刻な問題にはなっていないようです。

では、国内の需要が低いとして、外国の需要はどうか。
中国や韓国であれほど模倣品がはびこった理由の1つは、隣国の日本という金持ち国家が大きな「本物の需要」=「模倣品の需要」を持っていたことです。
国内でさほどの需要がなくとも、模倣品を製造して日本に輸出しさえすれば、模倣品でない商品よりも高く売れるとなれば、やはり製造業者の模倣品製造のインセンティブを刺激してしまいます。

情報伝達の発展や中流階級の勃興により、今では中国や韓国でも国内での「本物の需要」が増大していますが、少なくとも数十年前は模倣品のターゲットは日本であり、日本での膨大な「本物の需要」を満たすために模倣品が製造されていたという面が大きかったといえます。

翻って、インド。
隣国、近国に「本物の需要」をたくさん持っているような経済力を持った国が存在しません。強いて言えば、中国やドバイあたりが挙げられるでしょうが、中国は模倣品を自給自足してしまいますし、ドバイの金持ちが正規代理店以外の店で物を買うとは思えないので、この2つはほとんどあてにできません。
遠国となると、東は中国をはじめとした東南アジアの国々の独占市場ですし、西には東欧の国々が西ヨーロッパを対象とした模倣品工場として控えています(また、そもそも西は模倣品需要そのものが弱めです)。
そのため、インドには外需による模倣品製造のインセンティブもあまりありません。

このような需要の不在が、インドで模倣品がそれほど問題とならない大きな理由の1つであると思われます。

・中流階級の不在
ものすごい金持ちは本物しか求めませんし、その日暮らしの貧乏人は生活に絶対に必要なもの以外は欲さないので、模倣品のメイン需要層は中流階級であるといえます。

ところが、インドには中流階級がほとんどいません。
ものすごい金持ちとその他大勢で成り立っている国です。
最近でこそ中流階級が増えてきたと言われますが、それでもインド全体の人口に比べれば遥かに少数です(とはいえ、母数が多いのでそれなりの数にはなるのですが)。

また、「下流階級が中流階級になった後、最初に求めるもの」は、まずは車や電化製品などの生活に必要な機械類(=技術、特許模倣の対象)であり、ブランド物の服やバッグ等(=デザイン、商標模倣の対象)ではありません。
インドで新たに生まれた中流階級は、まだ自動車や生活機器等の生活に必要な機械類を求めている段階で、デザインや商標にはあまり目が向いていません。

もちろん、生活に必要な機械類に対する需要は、技術、特許模倣の需要も同時に生んでいるのですが、技術、特許模倣はある程度の基礎技術力がないとできないので、その影響は今のところ限定的にとどまっています。
一方、とても簡単にできるデザインや商標の模倣は、まだ中流階級の目が本格的にそちらを向いておらず、需要が少ないことから、少なくとも大規模な問題とはなっていません。

・国民性
東アジア、東南アジアで爆発的に模倣品(特にデザインや商標の模造品)が増えたのは、「何が何でも本物が欲しい」、「どうしても本物が駄目なら、良く似た偽物でもいい」、「一点豪華主義」、「持っていないことに対する周囲の目が気になる」といったアジア人のメンタリティによるところが大きいと言われています。

欧米の人間にそのような感情がないわけではないでしょうが、少なくとも欧米の人間には、「住んでいるのはワンルームマンションで、普段は質素に暮らしているが、ボーナスをつぎ込んでバッグだけは超一流ブランドのものを持っている」という日本人(あるいは韓国人、中国人)の行動パターンは理解できないようです。
彼らにとって、ブランドはそれを生活の娯楽として買うことができる人間(平たく言えば金持ち)が楽しむものであって、そうでない人間が生活の一部を犠牲にしてまで(しかも1点豪華主義で)買うようなものではありません。

これはブランドに対する考え方の違いであり、どちらの考え方が良いか悪いかという問題ではないのですが、後者に比べて前者の方が「本物の需要」の絶対数が増えることは間違いないでしょう。

さて、インド人のメンタリティですが、少なくとも現地に住んでみた限り、インド人のブランドに対するこだわりはそれほど高くないように感じます。
オフィスで隣に座っているインド人女性弁護士に、「ヨーロッパのブランドのバッグや財布等を持っているか」と尋ねてみたところ、「興味はあるが、現時点では別に欲しいとは思わない。将来もっと給料をもらえるようになったら買うかも」とのこと。
ついでにもう2人くらいに尋ねてみたところ、1人は「自分は外国に旅行したときに買ったので持っているけど、他のインド人が皆同じように興味があるということはないと思う」、もう1人は「高いから買わない」とのことでした。

彼女らがインドでは中の上くらいの階級に属すること、ブランド品を買おうと思えば買えるだけの経済力は持っていることを考慮すると、少なくとも現時点でのインド人中流階級の考え方は、「ブランド品に興味はあるが、生活の一部を犠牲にしてまで買うようなものではない」という欧米の人間の考え方に近いように思われます(調査母数が少ないので、単純に彼女らの個性ということもあると思いますが)。

もちろん、以上はバッグ等のブランドに限った話ではあり、全ての品物に直ちに適用できる話ではありませんが、根本的な国民性や発想という点では参考になるのではないかと思います。

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さて、ここまで読まれた方で既にお気づきの方もいらっしゃると思いますが、実は上記に述べた、「インドにおいて模倣品がそれほど問題となっていない理由」は、国民性を除いては、インドの社会および経済発展に伴って解消されていくものです。

情報伝達について、現在はともかく、10年後、20年後はそれなりに円滑になっているでしょうし、それに伴って国内の「本物の需要」は増えていくでしょう(さすがに外需の増大はあまり期待できなさそうですが)。
また、技術力はどんどん高くなっていくでしょうし、中流階級も今後着実に増え続けていくと思います。
唯一の抑止弁になりうる国民性も、「高いから買わない」というのは裏返せば「高くないと思えれば買う」ということですから、国民所得が伸びるにつれてうまく機能しなくなる可能性は十分にあります。

何が言いたいのかというと、今はともかく、10年後、20年後には、インドで模倣品が爆発的に問題になる可能性があるということです。

そして、そうなったときに、その流れを押しとどめる力はインド政府にはありません。
開発独裁の体制をとっている中国や他の東南アジアの国々と比べ、インドは民主主義を採用しているので、「いざというときの強権発動」が期待できません。
司法に訴えるとしても、この国の裁判制度は事実上機能していないので、10年裁判をやっている間に技術が陳腐化したり、ブランドのブームが終了してしまいかねません。
また、インド人の利己的な国民性(ちなみに、この国の国民の脱税率は9割を超えています)からして、各自のモラルに期待するということもできないでしょう。

要するに、現在インドで模倣品がそれほどの問題になっていないのは、多くのインド人が模倣品の効用に気がついていないからであるにすぎず、経済発展に伴い、今後インドで模倣品が中国と同じくらいの規模で非常に大きな問題となる日が来る、ということです。

実際、経済産業省に出向している弁護士の方の話によれば、じわりじわりとインドでも模倣品の数は増えてきているとのことです。その一方、それに対するインド政府の動きはとても鈍く、司法制度の整備もあまり進んでいません。
危険度は増す一方です。

とりあえず、この国の模倣品事情については、今後も注視していく必要があるだろうということで意見が一致しました。

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