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テニス大会と死体

日曜日に、毎週参加している日本人テニス会のシングルストーナメントがありました。
トーナメントに先立ち、いつもテニスをしているテニスコートのリニューアルが完了しており、同じコートとは思えないくらいきれいになっていました。

リニューアル前

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リニューアル後

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私も一選手として参加したのですが、予選リーグでけちょんけちょんに負けました。
情けない…

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お昼休憩になり、お弁当を持ってきていなかった私は、他にもお弁当を持ってきていなかった人たち(=独身者または単身赴任者と同義)と、マクドナルドにお昼を食べに行くことにしました。
ちなみに、牛も豚も宗教上の理由で駄目なので、マクドナルドにはチキン挽肉バーガーかフィレオフィッシュしかありません。

マクドナルドはテニスコートから歩いて10分くらいの場所にあるのですが、その途中のバス停の脇に人が倒れているのを見かけました。
ムンバイでは路上に人が倒れていることなどよくあることなので、特に気にもとめなかったのですが、帰路でみかけたときも全く同じ姿勢(しかもかなり不自然)で倒れていました。

よく見ると、大量の蝿が口や鼻の粘膜にたかっています。にもかかわらず、倒れている人には何の反応もありません。
また、肌の色がどす黒く、手足も不自然な方向に曲がっています。

マクドナルドに行ったのは4人だったのですが、私以外にもその倒れている人に気がついていた人がいて、その人と目を合わせた後、「あれ、死んでるよね…」という話になりました。
まさか、ということで、残り2人も倒れている人の方に目をやりましたが、しばらく観察して、やはり「死んでいるとしか思えない」とのこと。

なんというか、肌の色や手足の曲がり方といった外部的な特徴以上に、印象としてどう見ても生きている感じがしません。
もう一度4人で見てみましたが、呼吸の気配も全く感じられず、やはり「あれは間違いなく死んでいる」という意見で一致しました。

何がすごいって、周囲の人間が全くその倒れている人を気にするふうもなく、バスに乗り込んでいたこと。声をかける人は勿論、目を向ける人さえいません(既に死んでいるから無駄、という発想なのでしょうか)。
良く言えば、「死が身近」ということなのかもしれませんが、やはり日本人の感覚としては恐ろしい街だと思わざるをえません。

見ず知らずの人間とはいえ、人間の死体を見るのはあまり気持ちいいものではありません。
4人で言葉少なになってテニスコートに戻りました。

ちなみに、私がムンバイの路上で人間の死体を見るのはこれで3回目です。
いずれも、今回見たのと同じく、「路上に倒れていて、かつ生きている兆候が全くない」状態でした。

ほとんどの日本人駐在員は、移動は運転手付の車で行っているため、ムンバイの路上を歩くこと自体がとても少なく、あまりこういう場面には出くわさないようですが、私のような半学生的な生活を送っていると、結構な頻度でスラムの中を歩かざるをえなかったりするため、本当に色んなものに出くわします。

さすがに人間の死体はそんなにしょっちゅうは見ませんが、路上にうつ伏せで倒れている人間の股間から液体が流れている(要するに路上で服を着たまま失禁している。おそらくは病気で身動きが取れないため)といった類の場面を見るのはそれほど珍しくもありません。
そのときも死んでいるのかと思いましたが、しばらく様子を見て、呼吸で胸が動いているのを確認して安心した記憶があります。
ここはレイテ島か。

以前書いたとおり、ムンバイのスラム人口は700万人です。
トタン屋根で作った掘っ立て小屋のような家にすら住めず、路上に敷物も敷かずに寝泊りしている純粋路上生活者は、少なく見積もってもスラム人口の1割はいると思います。
過酷な生活の中、おそらく毎日のように誰かが病気や衰弱により、路上で命を落としているのでしょう。
「死体が転がっていても誰も気に留めない」というのは、それくらい路上の死体が珍しくないということなのかもしれません。

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午後からは、決勝トーナメントが始まりました。
熱戦の結果、トーナメント前から予想されていた優勝候補が優勝し、その他の順位もほぼ順当な結果に終わりました。
多少ハプニングはありましたが、とても楽しい1日でした。

心残りは、自分の成績が不本意であったこと。
来週はダブルストーナメントがあるので、なんとか雪辱したいと思います。

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コメント

トーナメント、お疲れ様でした。
昼休みに、そんなことがあったんですね。私もウェリントンでゴルフのプレー中に脇のスラムの中で「動かない人」を見たことがあります。キャディーは「He is dead.」とこともなげに言い放っていましたが・・・。
そういうのを見かけても、あまり動揺しなくなった自分自身も怖いかもしれません。人間も動物の一種に過ぎないなあ、みたいな。

>まさこの 様

死体が流れているガンジス川で沐浴するメンタリティーといい、インド人は「死」をそれほど特別なものとは考えていないみたいですね。
日本は、文化的に「死」=「穢れ」という観念があるので、死体を見るとどうしても怯んでしまいます(日本ではそもそも死体を見る機会自体がそんなにありませんが)。

逆にインド人は道端で死んでいる人を同じ人間とは考えていないから平気なのかもしれませんね。
カーストの考え方に従って、路上の人間は不可触=犬猫と同じという発想なのかもしれません。

投稿: まさこの | 2008年2月20日 (水) 13時13分

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