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コックローチ・バトル7 -最後の聖戦-

-ええ、ちょうど28でした。
それ以上でもそれ以下でもありません。

そう言った後、男はしばらく目を閉じた。

思い出したくないもの。
思い出すべきもの。
その区別を付けかねたように…

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Cockroach Battle

Final Episode

The Last Genocides

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あれは夏も終盤に差し掛かった頃で、とても暑い日でした。
突然我々に撤退命令が下ったのです。

ええ、寝耳に水でしたよ。
それまで撤退なんて話は噂でさえ聞こえてこなかったんですから。

そのとき?
あまり深くは考えませんでしたね。
とにかく、「ああよかった、これで家に帰れる」と思いました。

政府や軍の上の方が何を考えているかは正直言ってわかりませんでしたし、下手に余計なことを考えても不安になるだけでいいことはありませんでした。

最前線にいるときは、何も考えずに、機械的に命令に従うのが一番です。
精神的に楽ですし、何よりそれが生き延びるための最善の方法です。
いつ敵が攻撃してくるかわからない状況で、戦争の大義について思索を深めることなど不可能ですし、そんなことをしていたら戦闘の際の判断が鈍ります
だいたい、軍の中で政治的なことを話しているのが上官にばれたら、その場で軍法会議にかけられてしまいますし。

-ああ、そうでしたね。
私が撤退中の本隊からはぐれてしまったときの話でしたね。

--

なぜ本隊からはぐれてしまったのかは、今でも思い出せないんです。
後から聞いたところでは、私は無線指示を完全に無視して、本隊の進行方向から北東に10度もずれた方向に向かっていたそうです。

なぜそんな方向に行ってしまったのか、今でもわかりません。
私自身は本隊と同じ方向に動いているつもりでした。
撤退命令を無視する理由もその必要も全くありませんでしたし。

ただ、今にして思えば、連日の戦闘で緊張が限界に来ていたところに、突然撤退命令がきたものだから、張り詰めていた何かが切れてしまっていたんでしょうね。
突然つっかえ棒が外れてしまったというか、今まで自分の意識を現実に繋ぎとめていた何かがふっと飛んでいってしまったというか。

一種の夢遊状態になってたんじゃないかと思います。
あくまでも今思えば、ということですが。

      

気がつくと、私はある村にいました。
その村は、既に友軍による毒物散布攻撃を受けていたようで、村人の多くは村を捨てて逃げ出してしまっていました

完全武装していた私が入っていっても、村人は何の反応も示しませんでした。
おそらく、反応できるような村人はとっくに逃げていて、後に残されたのは、毒で弱りきった者や家族を殺されて生きる気力を無くした者だけだったんでしょう。
これもそのときには気がつかなかったことですが。

村は怖いくらい静かでした。
逃げた村人は、運べる限りの荷物を外に持ち出したようで、村の中はほとんどがらんどうでした。
わずかに残されていたのは、粗末な段ボール箱でできた廃屋ばかりという状況で、その中に何人か生き延びた者がいるようでした。

私は、ある廃屋に入りました。
そこには、死体が一体転がっていました。
かなり前に死んだようで、死体は干からびていました。
おそらく、数ヶ月前の友軍の毒物散布攻撃のときに死んだものでしょう。

私は、また別の廃屋に入りました。
そこにも、死体が一体転がっていました。
さっきと違うのは、その近くに生きて、動いている者がいたことでした。

そのとき、私は、唐突に自分の使命を思い出したのです。

「この村の者で、自分が出会った者は全て殺す」

私は、正直言って、ここの村人の姿が好きではありませんでした。
見ると嫌悪感がするというのも、私が自分の使命を「思い出した」理由の1つかもしれません。

それに、そのような個人的な感情はともかくとして、戦争中である以上、自分は兵士としての義務を果たさなければならない。
強く、強く、そう思いました。

私は、おもむろに腰に差していた毒霧噴射器を手に取り、動いている者に吹き付けました。
動いている者は、最初に見た姿からは信じられないようなスピードで逃げようとしましたが、あっという間に絶命しました。

絶命を見届けた後、私は死体にも毒霧を噴射しました。
死んでいることはわかっていましたが、そうしなければならないような気がしたのです。
私は最初の廃屋に戻り、同じように、やはり死体に毒霧を噴射しました。

その後は、同じ作業の繰り返しでした。
廃屋を開け、生きている者がいれば毒霧を吹きつけ、死体らしきものについてもやはり同じように毒霧を吹き付けました。

私が毒霧を吹きつけた村人の数は28人。
うち生きていたのは12人だったと思います。

とにかく、私が、段ボール廃屋を開けたり、動かしたりする度に、生きた村人か死んだ村人かが出てきました。
その度ごとに、個人的嫌悪感と義務感に駆られて彼らを殺し続けました。
生きている者はもちろん、既に死んでいる者さえ「殺した」のです。

そうやって、「殺した」数が、合計で28になるというのは確かだと思います。
ちゃんと数を数えていましたから。
間違わないように、1人殺すたびに、腕に傷をつけて記録することにしたんです。
だから、ほら、私の左腕のここは傷だらけです。

うち、生きていたのが12人というのも確かだと思います。
生きているのを、文字通り「殺した」ときは、このとおり特別深い傷にしたんです。

--

無抵抗の市民を殺した?
軍法会議?

私は兵士として間違ったことはしていませんよ。
だってそれまでも全く同じことをしていたんですから。

民間人のふりをして我が軍にテロ攻撃をしかけてくるのが、この国の戦闘員の常套手段であることは、それこそ軍の上から下まで全員が知っていたことです。
だから、ここでは、民間人に見える者に対しても、兵士が自分の判断で危険だと判断したときには、「危険を排除する」という兵士の任務に従って、発砲できることになっていたんです。

え、軍はそんなこと認めていない?
そりゃあ、軍の上の方はそんな命令出しませんし、出せませんよ。

でも、これは断言できますが、この国で我が軍の兵士がさっき話したような基準に従って一見民間人に見える者に対しても攻撃していたのは、上官も把握していましたし、さらにその上の上官も全員知っていました。
つまり、黙認という状況だったわけです。

撤退中とはいえ、戦闘は継続中なのだから、同じ基準に従って判断すれば、私が危険だと思った場合にはには彼らを攻撃することができたはずです。

本当に危険だと思ったのかだって?
もちろん思いましたよ。
彼らは生きている限り危険なんです。
一見普通の民間人に見える者のテロ攻撃で、これまでに数え切れない被害を受けていますから。
そのことを知らないとは言わせませんよ。

もちろん、彼らに対する個人的な嫌悪感はありました。
でも、個人的な感情があろうがなかろうが、私は自分に課せられた危険排除任務の遂行として、彼ら全員を殺していたと思います。
個人的な感情が任務遂行の邪魔になったわけではなく、むしろ任務遂行を促進させたのであれば、そのことについてとやかく言われる筋合いはないんじゃないでしょうか。

--

戦争の狂気?

そうかもしれませんね。

でも、撤退命令が出る前に、私が同じことをしていたとしても、私の行為は問題にはなっていなかったはずなんです。
実際、同僚も同じようなことを何度もしていましたし、それを上官に報告して咎められたという話も聞いたことがありませんから。

それが、政府や軍上部の都合で撤退命令が出た瞬間に、なぜ問題視されるんでしょう。
撤退命令が出たとしても、戦闘は続いているんです。
こちらが撤退命令を出した瞬間、向こうも同じようにこちらに対する攻撃を停止してくれるはずだとでも言うんですか?
撤退命令というのは我々の側の都合であって、向こうには関係ないことですよ。

人権?
虐殺?

まあ、今となっては、政府も軍も「個人の暴走」という建前を崩せないんでしょうね。
いいですよ、軍法会議でも何でもかけて裁いてください。
私も、自分が全てを暴露することで、この国の地位が貶められてしまうことは望みません。

それに、確かに私は28の命を奪ったのです。
16については、「命を奪った」という表現が不正確であるとしても、少なくとも「殺した」のです。

それだけでなく、他にも、この戦争では数え切れないくらいたくさん殺しています。
裁かれて当然でしょう。

  

-ありがとう。

あなたが理解してくれただけで十分です。
でも、その理解をそのまま上司に報告するのはやめておいた方がいいでしょう。

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さあ、行きましょうか。

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コメント

こんな超大作を執筆しているから、時間が無くなるのでは(笑)。

>まさこの 様

おっしゃるとおりです(笑)
まあここまでシリーズになると一応完結させないとまずいかなと。

引越し準備のために段ボールを開けたりどかしたりするたびに、生きてるGか死んでるGが出てきて、びびりながらゴキジェットをかけ続けるのは(死んでるGについても、本当に死んでいるかどうかわからず、突然動かれたりしたら怖いので念のためかけていました)、この世のものとは思えない苦行でした…

投稿: まさこの | 2008年5月29日 (木) 23時25分

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