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TATAのNano

(文末に一部追記しました)

諸事情により完全に更新が滞っています。

本当は一昨日更新する予定で、発熱でダウンしてしまい、なんとか昨日更新しようとして、急用のためできず、気合いで今日更新しようとして、膨大なリーディングアサインメントの前にやっぱり力尽きてしまいました。

これはもう、神が更新させないようにしているとしか…

と、たかがブログの更新に神を持ち出してきたところで、本題です。

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世界最安値車「ナノ」、生産工場の建設中止 インド経済界にも危機感

(リンク切れ御免)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080901-00000980-san-int

1台10万ルピー(約25万円)という世界で最も安いファミリーカーとして、インドの自動車大手タタが発表した「ナノ」が、インド東部の西ベンガル州での用地買収をめぐるトラブルから生産開始のめどが立たずにいる。州政府が土地の買収を急いだことに地元農民らが反発、相次ぐ抗議デモに31日、工場建設を中断した。10月発売予定が遅れるのは確実で、騒動が長引くことでインドの投資環境への懸念が強まる可能性もある。

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インドは民主主義国家であり、そのこと自体は(独裁国家に比べて)政治的にとても良いことではあるのですが、いざ開発を行おうとした場合、様々な場面でこのような問題が生じてきます。

これが中国やシンガポールのような独裁国家なら、多少の抵抗など力ずくでねじ伏せてしまうのでしょうが、インドではなまじ民主主義を採用している分、政府は手荒なことができません。
その結果、国家プロジェクトレベルの事業でさえ、地元の反発によりこのような中断が生じてしまいます。

こと「発展途上国における経済効率」という観点から言えば、独裁が最も効率が良いわけで(だからこそ「開発独裁」という言葉があるのですが)、下手に民意を尊重してしまうと発展そのものが遅れてしまうのです。
実際、世界の発展途上国で、第2次世界大戦以降に民主主義を保ったまま経済発展できた国はほとんどないといってもいいくらいです。

「経済発展が効率的で生活レベルの上昇も早いが、政治的自由や言論の自由がない独裁の国」
「経済発展が非効率で生活レベルがなかなか上昇しないが、民主主義により国民の自由が保障されている国」

発展途上国の国民にとっては、どちらが良いんでしょうかねえ…

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ちなみに、私自身はNanoの実現性と将来性には懐疑的です。

安全性とか色々問題はありますが、最大の問題は製造コストです。

現在の資源高の状況では、Nanoを作るための鋼板その他の資材だけで赤字になりかねず、インドの安い人件費(これとて実際にはそれほど安くもなかったりするのですが)を計算に入れたとしても、とてもではないですが採算が合うような価格ではありません。

「庶民にも手の届く自動車を!」という心意気は買いますが、現状ではNanoは作れば作るほど赤字にならざるをえないと思います(ただし、将来的に資源価格の高騰が収まれば、なんとか採算分岐点まで持ってこれるかもしれません)。

その意味で、今回の騒動を一番喜んでいるのはTATA Motorsの幹部かもしれません
なんといっても、「自分の責任でなく、Nanoの生産開始を事実上無期限に遅らせられた」わけですから。
意地の悪い見方をすれば、TATAがあえて問題をこじらせている(あるいは問題がこじれる可能性があることをわかっていて、あえて放置した)可能性さえあります。

上記のとおり、民主主義、民意尊重の建前を取っているインドでは、紛争は長引くことが多く、TATAが具体的な解決策(要は追加補償)をとらない限り、下手をすればこれから10年くらい争い続けてもおかしくありません。
そうすると、TATAは、「地元民の抵抗で工場が作れないから…」というエクスキューズをいつまでも使えるわけです。

実際問題として、今回の紛争の解決には、地元民にさらなる補償を行う以外ないわけですが、そうすると当然その追加補償のコストはNanoの価格に跳ね返ってきます。
というか、地元民が暴動を起こすような値段で工場用の土地を買い叩かないと、25万円という価格が維持できなかったという構造が明らかになってしまったわけです。

追加補償を行う場合、どさくさまぎれの値上げ(追加補償分のコスト反映だけでなく、TATA自身が採算をとるための値上げ分を含む)に対するエクスキューズにもなるでしょう。

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赤字になることがわかりきっている自動車を製造する理由の1つとして、私が推測していたのは、「TATAグループは、TATA Motors単体で黒字になろうとは考えていないのではないか」ということでした。

つまり、Nanoは一種の慈善事業として、インドにおけるTATAグループのCSRあるいはプロモーションとして、インド国民の中でのTATAのプレゼンスと評価を高めるために、最初から赤字覚悟で販売するのではないかということです。

ただ、今回の騒動で、「地元民から土地を無理やり安値で買い叩いた上で実現する価格」それ自体に懐疑の念が寄せられ、TATAのレピュテーションにとってかえって逆効果になる可能性があります。

現実的な落とし所としては、「地元民に追加補償するかわりに、Nanoを値上げする」というあたりになるでしょうか。
これも勝手な予想ですが、値上げをする場合、おそらく値上げ後のNanoの値段は15万ルピーから20万ルピー(約38万円から50万円くらい。要は、通常の発展途上国における最低ランクの自動車と同じ値段くらい)になるのではないかと思います。

ただ、その値上げは決して悪いことではありません。
民主主義国家において、国民の権利を尊重した結果実現される価格なのですから。
独裁国家で国民の財産をタダ同然で取り上げ、労働者をこれまたタダ同然でこき使って実現される安値に比べれば、万倍もましです。

値上げ分の中に、どさくさまぎれにTATA自身の採算のための部分も入るであろうことは、まあご愛敬ということで

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(追記)

TATAがNanoを、「ワン・ラック・カー(10万ルピーの車)」として発表したのは2008年1月です。

ところが、2008年のインドのインフレ率は12.4%と、比較可能な統計が存在する1995年以来最も高い水準にあるという状況です。

ソース(リンク切れ御免)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080815-00000817-reu-int

自動車価格がインフレ率に沿って変動するとした場合、単純計算で、2008年9月時点ではNanoの価格は10万8000ルピーになってしまうはずです(10万×12%の2/3がインフレによる自然増加分)。

つまり、現在TATAがNanoを10万ルピーで発売するとしたら、国内のインフレ率を考慮すると、実質的には発表時よりもさらに1割前後低い価格で販売することにほかならず、これは初期の値段設定がギリギリのものであったことを思えば無茶です。

本当にどうするんでしょうね…

ちなみに、wikipediaでは、鋼材価格や原油価格の上昇が、Nanoの懸念材料として挙げられているようです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%83%8E

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コメント

2週間位程前の日刊インド新聞だったと思いますが、問題となっている西ベンガルのシングール地域工場だけでなく、他に2工場でナノを製造しているので初期出荷そのものは大丈夫と書いてましたが出荷開始時期はずらさないかもしれませんね。。

数千台は既に組み立て済みらしいですが、自動車の初期ロット数として多いのか少ないのかは専門外なのでわかりませんが。

>大関様

コメントありがとうございます。
本当に更新が滞っているにもかかわらず、即レス、ありがたい限りです。

TATA MotorsのNanoについてのオフィシャルウェブサイトを見てみましたが、発売時期については何の言及もありません…
http://tatanano.inservices.tatamotors.com/tatamotors/

日本の自動車でも、最初の1か月の出荷予定数は数千台というのは珍しくないようなので、インドでの自動車の普及率を考えると、とりあえず初期出荷として数千台というのは悪くないように思います。ただ、それが最初の月だけの単発で終わってしまうということになるとまずいと思います。

まあ、あれだけ世界に向けて大々的に発表したのですから、面子にかけても発表した値段で発売はするのでしょう。

私が懸念しているのは、むしろNanoの将来性、持続可能性で、今後安定的に品質を保ったまま同じ値段で供給していけるのかという点にあります。
多くの地主や下請け、従業員に強い負荷をかけつづけたままで実現される価格は、いつか破綻をもたらします。それが、「品質劣化による事故の多発」という形で現れるか、「ストライキや下請けの離反」という形で現れるか、あるいはその他の形で現れるかはわかりませんが。

投稿: 大関 | 2008年9月 2日 (火) 20時20分

ご無沙汰してました。
中々おもしろい分析ですね。TATAナノ自体は、TATAモーターズはもとより関連のサプライヤーに相当の無理強いをしての価格設定と言われています。おっしゃる通り、慈善活動というかある程度宣伝活動、みたいな意味合いもあると思います。
西ベンガルの暴動を敢えて放っておいた・・・自作自演の証拠が見つかれば、面白いですね(笑)。

>まさこの 様

こちらこそ、すっかり更新が滞り気味で(汗)

まあさすがに自作自演ってことはないと思います。
が、「相当の無理強い」というのは、結構真剣に恐ろしいです。

「無理」を強いられたサプライヤーが、どういう部品を供給するのか、それによって製造される自動車の安全性はどうなるのか、などと考えると、いつかものすごい破綻が訪れるような気がしてなりません。

10万ルピーというのが、「今年1月に発表された価格」であるというのも不安に拍車をかけます。ただでさえ、インドは資源高の影響をモロに受けて年率12%を超えるインフレ中なのに。
(ちなみに、自動車の価格がインフレ連動するとすると、年率12%で9月の時点で10万8000ルピーになってしまうはずです)

世界的な資源高(多少は落ち着いてきましたが)、国内のインフレといった経済実情勢を無視して、無理矢理、1lakh(10万ルピー)という価格を維持したときの反動が恐ろしいです。
取り越し苦労だと良いのですが…

まあ、インドだから、あっさり「昨今の情勢を考慮して、Nanoを値上げしまーす」とか言っちゃうかもしれませんけどね。
(そして、その方が色々な意味で「安全」です)

投稿: まさこの | 2008年9月 4日 (木) 18時41分

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