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2012年12月

インドの倒産法(Sick Industrial Companies Act)の解説 その1

インド法解説復帰第一弾は、おそらくインドに進出している多くの日系の製造業者が頭を悩ませているであろう、インドの倒産法の1つである、Sick Industrial Companies Actに関する解説です。

法令の概要、法令が適用された場合の効果など、これから5~6回程度に分けて、解説していきたいと思います。

1.インドの倒産法制について

2012年末現在、インドには、一般破産法は存在しません。

より正確に言いますと、適用場面を特定した破産法や、会社の更正・再生を前提とした法令は存在するのですが、日本の破産法のような、個人および企業の破産や免責について包括的に規定した法令は存在しないということです。

ちなみに、現在、一般破産法の制定が検討されているものの、具体的に法案が国会に提出されているわけでもなく、制定時期等については全くめどがたっていないという状況です。

そのような状況ではありますが、インドに進出した多くの日系の製造業者が、おそらく一度は会計事務所から該当可能性についての指摘を受けたことがあるであろう、現地の倒産法があります。

それが、以下に詳しく解説する、Sick Industrial Companies Act, 1985です。

Sick Industrial Companies Act, 1985は、産業会社(=工場で製造業を営む会社)のみをその適用対象としており、したがって一般の破産法、倒産法というわけではありませんが、インドに進出している多くの日系企業が現地で製造業を営んでいるという実態に鑑み、日系企業にとって、最も留意すべき現地倒産法であると言えるでしょう。

2.Sick Industrial Companies Act, 1985の特徴

インドのSick Industrial Companies Act, 1985は、産業会社(工場で製造業を営む会社)の財務状況が悪化し、Sick Industrial Companyの要件に該当するに至った場合に、政府機関である産業金融再生委員会(Board of Industry & Financial Reconstruction (BIFR))に届出を行い、会社の再建を目指すことを義務付ける法律です。

日本でいえば会社更生法/民事再生法に相当する法令であるといえますが、後述のとおり、その内容は日本のものと大きく異なります。

Sick Industrial Companies Act, 1985の大きな特徴の1つとして、産業会社(工場で製造業を営む会社)のみを適用対象としているという点が挙げられます。
したがって、たとえば販売のみを行っている会社(いわゆる販社)については、SICAは適用されません。

もう1つ、日系企業にとってより深刻な特徴として、同法は、一定の要件をみたす場合に、産業会社に対し、再建のために当局に届出を行うことを義務付けている点が挙げられます。

これは、ものすごい特徴で、日本の破産法や会社更生法、民事再生法は、いずれも破産や会社更生、民事再生の申立てを行うかどうかは、会社自身または債権者に委ねられており、法律で強制的に申立てが義務付けられるということはありません。
(したがって、会社や債権者が申立てを行わない限りは、どんなに会社が赤字で、債務超過で、事実上倒産状態であったとしても、破産の手続が開始するということはありません。)

しかしながら、インドのSick Industrial Companies Act, 1985は、会社がSick Industrial Companyの要件に該当するに至った場合、当該会社に、政府機関である産業金融再生委員会(BIFR)に届出を行うことを義務付けています。

つまり、Sick Industrial Companyの状態(=一定の赤字状態)に陥った場合、当事者がなんと言おうが、政府当局に届出を行い、再建に向けて一定の監督を受けることが義務付けられるということです

おそらく、会社の雇用を守るため、債権者を保護するためといった、社会政策的な理由に基づく規制なのでしょうが、要件を満たしてしまうと問答無用で政府当局に届出を行い、再建に向けて一定の監督を受けなければならないというのは、相当に厄介な制度です。

もちろん、届出の手続や、それに続く当局の監督というのは、日系企業にとって可能な限り避けたい事態です。

そこで、

①どのような場合に届出を行わなければならないか、という要件の把握

②要件に該当してしまった場合の対応

について、把握しておくことが、現地法人の管理上望ましいと考えられます。

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次回は、上記のうち、①について、法令上の各用語の定義を踏まえて解説したいと思います。

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お知らせ

突然ですが、本日より、このブログの更新を本格的に再開したいと思います。
(出だしが閉鎖のお知らせのようですが、更新再開のお知らせです)

ある日突然インドで生活することになって開始したこのブログ。

当初は、自分のための日記というくらいのつもりだったのですが、インド法の解説記事は、当時日本にはまだインド法に関する情報がほとんどなかったこともあり、様々な方から、自分が思っていた以上に高く評価していただきました。

現地で法律書の原典にあたりながら書いていたときは、半ば自己満足のために書いており、「こんな記事が何かの役に立つのかな?」と半信半疑だったのですが、「役に立ちました、ありがとう」という言葉を、想定外といえる多くの方々にかけていただけたことは、望外の喜びでした。

日本法に関するものでなくとも、法律に関する記事を書いて、それが誰かの役に立ったと言ってもらえることは、弁護士という職業人として冥利に尽きます。

また、インド法に関する記事だけでなく、日々のインド生活に関する記事や、インド国内の旅行記についても多くの方々から面白く読んだとの言葉をかけていただき、本当に嬉しく、有難く思いました。

ブログというのは、独り言のようでいて、それでいて常に読者を意識しながら書かれているもの。自分の書いたものが、誰かに読んでもらえ、しかも楽しんでもらえるというのは、純粋に物書きとして嬉しいことです。

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インドにいたときは、週2~3回程度のペースで更新していたこのブログでしたが、その後インドでの滞在を終え、米国に留学するとともに、更新の頻度は落ちます。

ブログのテーマが、「弁護士がつづるインドの法律事情とムンバイの生活事情」である以上、インドから離れてしまえば更新頻度は落ちてしまうのはやむをえないのでしょうが、それでも留学の勉強時間の合間を縫って、細々とインドの法律情報についての記事の更新は続けていました。

本格的に更新が減り、また私自身更新の意欲が薄れてしまったのは、日本に帰国後、仕事に復帰してからしばらく経った頃です。

主な理由としては、

・インド投資に関するアドバイスの依頼や、インド法に関するさまざまな質問への対応等の依頼が増え、きわめて多忙になって、更新にかける時間がとりにくくなったこと

・インド法に関するさまざまな論文や記事の執筆の依頼が増え、「原稿料をもらって記事を書いている」こととのバランス上、記事や論文に書いているインド法の情報をブログに無料で掲載するということに気が咎めたこと

・自分自身も割と楽しんで書いていたインドの生活に関する記事がほとんど書けなくなり、書けるものといえば「お堅い」インドの法律情報に関する記事ばかりということで、書く意欲が沸かなくなったこと

などが挙げられます。

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ここ1~2年は、ほとんど更新もなく、もはや時代の狭間に忘れ去られようとしていたこのブログの更新を再開しようとしたのは、上記の理由のいくつかがある程度緩和されたということもありますが、何よりも、ここ最近、自分の「文章力」が目に見えて落ちていることを実感することが続いたためです。

昔から、文章を書くのが好きでした。

誰に読んでもらえても、もらえなくても、書いているだけで幸せ、と思える時期がありました。

文章を書いているうちに、自分自身の考えが整理されたり、自分自身新たな発見があることも少なからずあり、書くことは私にとって、知的なブレイクスルーのための貴重な方法の1つでした。

それが、ここしばらくは、法律雑誌に寄稿するインド法に関する論文にしても記事にしても過去に書いた文章や、過去に得た知識の使い回しが多くなり、「書くことを通じて自身の内部の知的ブレイクスルーを果たす」ということがめっきり少なくなりました。

また、私の本業である契約書やメモ等の作成も、もちろん個別の案件ごとに違いはあれど、過去に得た知識や経験に照らして解決できないものがすこしずつ少なくなってきて、昔のように「案件ごとに悩み抜く」ということは減ってきました(もちろん、今でも悩みがまったくないわけではありませんが)。

それはそれで、国際取引にかかわる弁護士としての力量の形成の1つの形ではあり、職業人としての弁護士としては決して悪いことではないのでしょう。ただ、そのことに反比例して、私の「考えを文章にする力」、「新たなものに出会い、それを対象として文章にする過程で悩み、もがいて、その過程でブレイクスルーを果たす力」は、確実に衰えてきています。

「物書き」としての私は、これではいかん、と思うわけです。

「お前は物書きではなく弁護士ではないか」

そのとおりです。私の職業であり、その活動に対して日々の糧を与えられているのは弁護士としての業務です。「物書き」としての私には生活能力はありません。

しかし、私は「作家」でありたいわけではありません。その作品に対して一般読者からの評価が与えられ、経済的な見返りを得ることができる者を「作家」と定義するならば、私は「作家」を目指しているわけではありません。

あくまでも、文章を書くことそのものを喜びとし、そこから得るものにより自分を磨き、その結果得られた、たいていは書く前の自分が考えもしなかった新たな発見を楽しむ人間、これを「物書き」と定義した上で、「物書き」でありたいというのが私の思いです。

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この文章は、ここ数年の私の「物書き」としてのあり方についての自己批判であり、反省文です。

この文章もまた、書いているうちに、私にこの数年の自分自身のもやもやした思いを、形にしてわからせてくれました。

私が常々私淑する内田樹先生がおっしゃるとおり、「内的自分などは存在せず、書いたものに現れたものが全て」、「書いているうちに自分の書きたいことがわかってくる」、「文章を書いた自分と、その文章を読んでいる自分は別人」なのです(内田先生の言と完全には一致していないかもしれませんが、概ねこのようなことを常々おっしゃっていたはずです)。

「物書き」としての活動を再開するにあたり、このブログを使用することがよいのか、いっそのこと閉鎖した上で、完全に別名義ではじめるのがよいのではないかなど、色々考えるところもありましたが、過去の「物書き」である自分が書いたものを消し去ってしまうことはよくない、との結論に至りました。

拙い文章ではあれど、その時々の「物書き」としての自分が書いてきたものこそが、今の自分の文章力の礎になっているはずであり、であればそれを消し去ってしまうのではなく、その上に少しずつでも新たに何かを積み重ねていくべきでしょう。

ここ数年の怠惰により、「物書き」としての自分の文章力は見る影もなく衰えており、当分の間はお見苦しい文章を掲載することもあるかと思われますが、このブログでのさまざまな文章表現を通じて、「物書き」としての文章力の錆を落とし、さらに鍛え、磨いていきたいと思いますので、もし読んでも良いよという方がいらっしゃれば、気長に見守っていただければと思います。

「物書き」としての私の最終目標は、私が再度文章力を鍛えなおそうと思った理由の1つであり、私の文章力のなさゆえに破綻した、私が過去に書いた未完成作品を、なんとか人の目に触れさせる程度のものにまで完成させることです。

「せっかく生を受けたのに不幸だね」

この反省文は、ある方のその一言から生まれました。

私が書いたものは、私のものであって私のものではない。であれば、どのような評価を受けるかはともかく、せめて人の目に触れさせることのできる程度のものにはせねばならない。それが「物書き」としての義務であろうと思います。

この文章は、その方への私なりの私信であり、決意表明です(たぶん読んでおられないだろうとは思いますが)。

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後半、やや重苦しい文章となってしまいましたが、このブログに書くこと、インドでやっていたこととあまり変わりません(笑)

ただ、現在日本で生活している以上、インドの生活事情とかは、さすがにもう書けないので、日本での日々の生活で感じたこと、その他その時点で書きたいと思うことを書くようにします。

もちろん、インドの法律事情についても引き続き発信していきたいと思います(実際、こちらの方を参照されている方の方が圧倒的に多いでしょうから)。

本日以降の更新の頻度は、週1~2回程度を考えています。

インドにいたときよりは少ないですが、この程度の頻度が現在の社会人生活の中で、無理なくやれる限界ではないかと思います。

ということで、今週中にもう1~2回更新する予定です。

一応、今考えているのは、インド法に関する情報発信(倒産法について書く予定です)、まさかのあのシリーズの続編です(なんか漫画とかの続編ものみたいで気が進まない感じではあるのですが、リハビリにはちょうどいいかもしれません)。

ということで、今後とも本ブログをよろしくお願いします!

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