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2013年1月

働くモチベーション

「仕事」には「私の仕事」と「あなたの仕事」のほかに「誰の仕事でもない仕事」というものがある。そして、「誰の仕事でもない仕事は私の仕事である」という考え方をする人のことを「働くモチベーションがある人」と呼ぶのである。

道ばたに空き缶が落ちている。

誰が捨てたかしらないけれど、これを拾って、自前のゴミ袋に入れて、「缶・びんのゴミの日」に出すのは「この空き缶を見つけた私の仕事である」というふうに自然に考えることのできる人間のことを「働くモチベーションのある人」と呼ぶ。

別に私は道徳訓話をしているのではない。

私が知る限り、「仕事のできる人」というのは、例外なく全員「そういう人」だからである。

ビジネスの現場において、「私の仕事」と「あなたの仕事」の隙間に「誰の仕事でもない仕事」が発生する。

これは「誰の仕事でもない」わけであるから、もちろん私がそれをニグレクトしても、誰からも責任を問われることはない。
しかし、現にそこに「誰かがやらないと片付かない仕事」が発生した。

誰もそれを片付けなければ、
それは片付かない。

そのまましだいに増殖し、周囲を浸食し、やがてシステム全体を脅かすような災厄の芽となる。
災厄は「芽のうちに摘んでおく」方が巨大化してから対処するよりずっと手間がかからない。

共同体における相互支援というのは要するに「おせっかい」ということである。

最初に「災厄の芽」をみつけてしまった人間がそれを片付ける。

誰もが「自分の仕事」だと思わない仕事は「自分の仕事」であるというのが「労働」の基本ルールである。

「『おせっかいな人』の孤独」 内田樹 より

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仕事に埋もれた中で、ときどき読むと、元気が出ます。

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インドの倒産法(Sick Industrial Companies Act)の解説 その2

Sick Industrial Companies Act, 1985(以下、「SICA」といいます)上、産業金融再生委員会(Board of Industry & Financial Reconstruction (BIFR))への届出等が義務付けられる「Sick Industrial Company」は、

「設立から5年以上経過している産業会社であって、会計年度末において純資産額を超える累積損失があるもの(an industrial company (being a company registered for not less than five years) which has at the end of any financial year accumulated losses equal to or exceeding its entire net worth)」

と定義されています(SICA第3条(o)) 。

上記定義中の、「産業会社(industrial company)」は、

「1つ以上の産業活動を行う会社(a company which owns one or more industrial undertakings)」

と定義されており(SICA第3条(e))、この定義の中の「産業活動(industrial undertakings)」は、

「1つ以上の工場においてSICAの別紙記載の産業のいずれかを営む活動(any undertaking pertaining to a scheduled industry carried on in one or more factories by any company)」(ただし、小規模産業等、一定の事業は除く)

と定義されています。

さらに、上記定義中の「SICAの別紙記載の産業」について、SICAの別紙を見ると、ほとんど全ての産業が網羅的に記載されています。

以上、長々と定義を書いてきましたが、上記各定義を踏まえて要約すると、「産業会社(industrial company)」とは「工場で製造業を営む会社」とほぼ同義であると理解して差し支えありません。

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上記Sick Industrial Companyの定義から、SICAは、産業会社すなわち工場で製造業を営む会社以外の会社(販売会社等)には適用されません

したがって、前回解説したとおり、たとえば、インド現地で輸入販売のみを行っている会社(いわゆる販社)には、SICAは適用されません。

また、「設立から5年以上経過している産業会社」であることがSick Industrial Companyの要件であるため、会計年度末において純資産額を超える累積損失があったとしても、設立から5年が経過していなければ、Sick Industrial Companyに該当することはありません

言い換えれば、産業会社であっても、設立から5年間経過するまでは、SICAが適用されることはありません。

したがって、インドの日系企業でSICAの規制を気にすべきなのは、

①営んでいる事業の内容が製造業であること(現地に工場を持って製造活動を営んでいること)

②現地法人設立から5年以上が経過していること

の2つの要件を満たす会社であるということになります。

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ちなみに、インドの会社法であるCompanies Act, 1956にも、「Sick Industrial Company」の定義がありますが(同法2条46AA項)、この定義は上記SICAの定義とやや異なっており、

①会計年度末の累積損失が、直近4年間の平均純資産の50%以上の会社、または

②債権者への支払いが連続3四半期滞っている会社

のいずれかに該当する会社をいうとされています。

このSICAとインド会社法のSICAの定義の齟齬の問題について、結論としては、2013年1月現在では、SICAの定義の方が優先します

インド会社法に、上記「Sick Industrial Company」の定義が設けられたのは、2002年の会社法改正の際ですが、そのときは、「会社法と会社倒産法を一体的に規定する(=会社法の中に、会社の倒産、破産に関する手続法を盛り込む)」ということが意図されていたようです。

しかしながら、さまざまな事情により、このインド会社法の2002年改正は、2013年1月現在でもまだ施行に至っていません。

したがって、2013年1月現在においても、「Sick Industrial Company」に該当するかどうかはSICAの定義に基づいて判断されることになります。

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次回は、届出義務の具体的内容に関する解説です。

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OKYその後

インド駐在時の2008年当時、こういう記事を書いたわけですが、なんとその後、一般のニュースサイト等でも取り上げられていたようで。

http://www.j-cast.com/kaisha/2011/02/18088437.html

まさかの日経新聞でも取り上げられています(なんと今年の元旦の記事)。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASM429010_Q2A231C1I00000/?nbm=DGXNASFS2701R_X21C12A2701F00

いつの間にか、市民権を得た言葉になっていたようです。

かくも世の言葉の広まり方というのは恐ろしい。

まあ、それだけ新興国に駐在する日本人駐在員の悩みが深いということなのでしょうが。

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最近やたらと、このブログの検索ワード(どういう検索ワードを使ってこのブログにたどり着いたか)に「OKY」が入っているので、ちょっとGoogleで「OKY」で検索してみたら、なんとこのブログの上記2008年当時の記事が上から2番目に出てきます(2013年1月7日現在)。

というか、「OKY」でGoogle検索して、「お前が(O)、来て(K)、やってみろ(Y)」という意味でこの言葉を取り上げている記事が、1頁目で上から3つしか見当たりません。

このブログの記事も、「OKY」という言葉を世に広めるのに少しは役にたったということでしょうか。

それにしても、5年も前に書きとばした記事がねえ…

ああ恐ろしい。

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コックローチ・バトル・ネオ

「上様、どこまでもついてゆきとうございましたが、この身ではもはやそれも叶わぬ夢…」

「なにをいうか、じい。まだまだこれからではないか」

「上様、どこまでもどこまでも駆けられませい。じいはそれを楽しみに地獄の痛苦に耐えまする」

「また由無きことを。なぜ地獄と決まっておる」

「戦でのこととはいえ、人をたくさん殺めました。西方浄土の彼方など行けるはずもないでしょう」

「ばかな。それでは今の世に生まれた者で、極楽に行ける者はおらぬではないか」

「そういう時代もあるのでしょうな。因果なものです」

「上様、そろそろお別れです」

「待て、じい、行くな。今じいに行かれては、ようやく統一が成った印度国はどうなる」

「もはやこのじいに伝えられるものは全て伝え尽くしました。今の上様は、大殿と同じ、いやそれ以上の立派な大名にござります」

「何をいうか。わしは至らぬ大将じゃ。じいの合力無しでは国を治めることなど覚束ぬ」

「じいは上様にお仕えできて幸せでした。最後のご奉公に、地獄にて大殿とともに碁基武利の武者どもを蹴散らし、上様の露払いを務めましょうぞ」

「こやつ、わしが地獄に行くと決めておるわ」

「ふふ、願わくばその日ができるだけ先になりますよう」

「どうした、じい。返事をせい。じい。じいよ。」

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印度国当主は、陣所の粗末な夜具の中で目を覚ました。

はや5年か。懐かしい夢を見たわ。

涙を流していることに気がつくまで、暫くの間があった。

じいよ、わしはどこまでも駆けておる。おぬしはどうじゃ。あの世で父上とは会えたか。

初春とはいえ、陣中は冷える。陣所の中でも吐く息は白かった。

駆けて、駆けて、駆け続けて、ついにこんなところまで来てしもうたわ。

攻囲しているのは、慈藩具(じぱんぐ)国の城だった。印度国を統一した彼は、その後、はるか遠隔の地である紐育国を制圧し、さらに軍を還して一転、慈藩具国を攻め立てていたのだった。

目の前の城を囲んで、もう二月を越える。陥ちるのは時間の問題だった。

思えば、お主が碁基武利に怯えるわしを叱咤し、励ましてくれたのが、全ての始まりじゃったな。

傍らの碁基死穢屠(ごきじえと)に少し目をやり、すぐに目を閉じた。

もう20年も前のことになるかのう。あの戦は。

まさに20年前のその戦で、彼は碁基死穢屠を初めて使い、碁基武利を蹴散らしたのだった。その後も戦は連戦連勝。見る間に碁基武利軍は力を失い、数年のうちに印度国は再統一された。

ふふ、御守り代わりじゃよ。もはや使う相手とておらぬがな。

碁基武利を滅ぼした後、彼が碁基死穢屠を使うことは絶えてなかった。だが、彼は、彼に目覚しい戦勝と武運をもたらした碁基死穢屠を常に戦陣に伴っていた。

今となってはお主の形見でもあるしのう。

「上様、どうかなさいましたか」

「む、なんでもない。そちこそどうかしたのか」

「は、陣所よりお声が聞こえましたゆえ」

「そうか、声に出ておったか。なに、ただの独り言よ」

「そうでございましたか。乱波とお話されているのかとも思いましたが、そのような話は事前に聞いておりませなんだゆえ」

「すまぬ、要らぬ心配をかけたの。夜はまだ深い。お主も休むがよい」

「はっ」

足音が遠ざかっていった。苦笑をした後、夜具をかぶりなおし、目を閉じる。

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半刻ほども経ったころだろうか。突然大きな鉦の音が鳴り響いた。

飛び起き、手探りで具足を身に着ける。

「上様、お逃げください」

付の者の悲鳴にも似た声が聞こえてきた。

「なんとしたことじゃ。何が起きておる」

大声で叫び返す。

「碁基武利が。碁基武利が攻め寄せております」

「何を申すか。ここは慈藩具じゃぞ。なぜ碁基武利がおる」

返事はなかった。鉦の音は鳴り続けている。

ばかな、碁基武利に生き残りがいたのか。それにしてもなぜ慈藩具で…

驚きと思考による一瞬の忘我だった。

気がついたときには、碁基武利が陣幕を抜けて滑り込んできていた。

碁基死穢屠を使う暇もなく蹴散らされ、逃げ惑った。

我に返ったのは、三半刻もしたころだったか。印度軍は蹴散らされ、華麗だった陣所は見る影もなく荒らされていた。

「上様、ご無事にござりますか」

「おう、なんとか生きておる。そちもな」

「面目もございませぬ。まさかこのようなところに碁基武利が出るとは」

「面食らったのはわしも同じじゃ。本当に、まさかのう」

いくさの場で我を忘れた、その瞬間に勝敗は着いていたのだ。

「残っている兵をとりまとめよ。ここまで来て退くは惜しいが、このままではもはや戦にならぬ」

「はっ、直ちに」

じいが夢枕に立って教えてくれたというのにな。

乱れた具足を整えながら、自嘲とともに敗北の味を噛み締めていた。

このままでは終わらぬ。

碁基武利の正体が何かはわからなかったが、一度さんざんに打ち破った相手である。今度も勝てぬ道理はない。

当主は、漸く明るみはじめた慈藩具の空を見ながら、捲土重来を誓ったのであった。

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明けましておめでとうございます - 2013年-

新年明けましておめでとうございます。

今年も本ブログをよろしくお願いいたします。

年末にお知らせしたとおり、今年は真面目な記事、不真面目な記事を含めて、できるだけ頻繁に更新したいと思いますので、お暇なときにでも読んでいただけると嬉しいです。

年末年始は実家に帰省した後、日帰りでスキーに行ったり温泉に行ったりと、のんびりと過ごしていました。今年は日の並びが良く、十分にリフレッシュできたので、週明けからまた1年間頑張ろうと思います。

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今年の抱負

・仕事を効率よく行う
…自分が専門とする仕事の性質が人に任せづらいものであるということもあり、一昨年、去年と、ひたすら自力でなんとかして頑張ってきたのですが、そろそろ限界を感じているので、今年はできるだけ若者に仕事を任せていけるよう、仕組みを考えたいと思います。

・原稿を書く
…専門書と、それ以外の本、できれば一冊ずつ分の原稿を書きたいです(どちらも今のところ出版の具体的予定がないため、本として出版されるにたりうるだけの質を備えたものを書くことが目標です)。

・ゴルフで100を切る
…去年は惜しいところまで行ったのですが、残念ながらぎりぎり切ることができませんでした。今年は行く回数は去年よりかなり減ると思いますが、より集中して、なんとか100を切りたいです。

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皆様にも、どうぞ良い一年が訪れますように。

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