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北インド旅行記 -バラナシ・ブッダガヤ編③-

またまた朝4時半起床。
ガンジス河の夜明けを見るべく、仄暗い中をガートに向かいます。

Img_3229朝早すぎて誰もいないかと思いきや、相変わらず大量に人がいます。さすがに昼間に比べればかなり少ないですが。

                                  

Img_3231ボートをチャーターし、ガンジス河に漕ぎ出します。       

                                        

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少しずつ明るくなってきましたが、まだ日は昇っていません。

バラナシは、ガンジス河に面した街ですが、対岸には全く何もなく、ひたすら荒野が広がっています。
これは、「河のこちら岸は聖、向こう岸は穢」というヒンディーの思想によるそうです。
実際、インド人は決して河の対岸に決して近付かないとのこと(向こう岸に渡っている人はいますが、それはすべて外国人観光客だそうです)。

一本の河を挟んで、広がる有と無。

ふと「彼岸」という言葉が浮かんできました。

しばらくすると、水面を滑るように太陽が昇ってきました。

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Img_3265Img_3269              

                       

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いったん宿に戻り、一休み。
帰りの便が午前11時と早めなので、荷造りを始めます。



バラナシに着いたときから悩んでいました。

To bath or not to bath

理性は「この水に入ってはいけない」と大声で叫び続けています。

とはいえ、おそらくバラナシに来るのはこれで最初で最後。
ここまで来て沐浴しないで帰るのか。

どうにか自分の理性を騙しきったところで、再度ガートに向かいます。

Img_3287沐浴しているインド人がたくさんいました。                

                                    

ガートの上で服を脱いでいる最中も、河の水の色を見るたびに、臭いを嗅ぐたびに、「まずいんじゃないの」という声が聞こえてきます。

心を無にせよ。

覚悟を決めて河に足を踏み出しました。

Σ(゚Д゚;

ヘドロか藻か、とりあえず足元がヌルヌルです。
足の裏の感触だけでダッシュで逃げだしたくなりますが、もうここまできてしまうと後にはひけません。

そのまま歩を進め、全身を河に沈めます。
いったん覚悟を決めて入ってしまえば、色々なことがそれほど気にならなくなってきました。

周囲のインド人が、身振り手振りで沐浴の方法を教えてくれました。
手の平で水をすくい、太陽に向かって拝みます。

Img_3296 インド人と並んで沐浴する男の図
(たまたま同じ宿で出会った日本人の方が写真を撮ってくれました)

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沐浴後、ダッシュで宿に戻り、シャワーを浴びました、
「このシャワーの水もガンジス河から取ったのかも」とか、余計なことは考えないようにして

少し休んだあと、空港に向かいます。
例によって、ボッタクリ的料金ですが、この際しょうがありません。

空港に着いたあたりから体調がおかしかったのですが、家に帰ったあと完全にダウン。
翌日から2日間、高熱が出ました。

おそるべし、ガンジス河。

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北インド旅行記 完

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(追記)

結局、これがインドでの最後の国内旅行になりました。

今思い返しても相当辛い旅行でしたが、その分記憶は鮮明に残っています。
変にお仕着せの旅行に行くよりも、よっぽど印象に残る旅でした。
まあ、「過ぎてしまえば何でもいい思い出」というだけかもしれませんが。

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北インド旅行記 -バラナシ・ブッダガヤ編②-

バラナシ・ブッダガヤ編の①を書いたっきりで止まっていた北インド旅行記。
実は5月中には続きを書いていたのですが、本人が書いたことをすっかり忘れていました…

今日の夕方に電気屋から無線LAN設備を抱えて帰ってきて悪戦苦闘5時間。
ようやく無線LANがつながり、写真が大量にアップできる環境が整ったので、続きをアップしたいと思います。

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5月3日(土)

暑すぎてほとんど眠れないまま、午前4時半になりました。
寝不足で頭はぼーっとしていますが、とりあえず着替えてゲストハウスの玄関に出ます。

…予想通り、ピックアップのオートリキシャは来ていません。

あまりのお約束っぷりに、呆れを通り越して可笑しくなってきたのですが、電車の時間があるため、さすがにこのままでは困ります。
やむをえず、オーナーのRajajiさんを起こして、リキシャの管理会社に電話をかけてもらいました。

15分後、リキシャ到着。
寝てたやろ、お前絶対寝てたやろ。
俳句調で運転手を問い詰めたい衝動をぐっと抑えて乗り込み、バラナシ駅に向かいます。

驚いたのは、朝5時前だというのに、たくさんの人が既に活動を始めていること。
まだ薄暗い中、リヤカーを運ぶ人や自転車に乗って移動している人がたくさんいます。
都会とはまた違った意味で、この街は眠らない街なのかもしれません。

駅までの途上、なぜか警察官に停止させられ、運転手が職務質問らしきことをされるということが3回ほど続きました。
その度に運転手が私に10ルピーを出すように言い、それを警察官に渡していました。

色々言いたいことはあったのですが、電車の時間が迫っていたとか、反論しようにも言葉が通じないとか、警察官がライフルで武装していて怖かったとか諸般の事情により、黙って機械的にお金を渡していました。

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ようやくバラナシ駅に到着。

Img_3121朝5時過ぎだというのに、なんだこの人間の数は。          

                   

インドの電車は、夜中に発着するものも多いので、夜明けどきでも人がいるというのは理解できますが、それにしても尋常な数ではありません。
とりあえず掲示板で電車が入ってくるプラットフォームを確認し、移動しました。

こちらもお約束どおり、定刻から30分を過ぎても電車が来ません。
まあ、この程度は折込み済みです

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なぜか隣のプラットフォーム同士で掲示している時間が違うのも趣があります。

                              

線路上には、牛か何かの糞が大量に落ちており、そこにこれまた大量の蝿がたかっています。
表面が蝿で真っ黒に見える糞が、1メートルおきくらいにある感じです。

前夜寝不足で油断があったのかもしれません。
目の前の光景を、「ああ、蝿がたかっているなあ」と他人事の目で見つつ、ぼんやり電車が来るのを待っていました。

定刻から1時間近く過ぎ、ようやく電車がプラットフォームに入ってきたその瞬間。
電車の風圧で、糞にたかっていた億万の蝿が、一斉に飛び立ちました。
その様子はまさに黒い霧。

そして、その黒い霧はこちらに向かってきました。
2秒後、私の全身は蝿に覆われていました。
必死で全身を払いますが、あまりの数に対抗できません。
ついさっきまで、糞の上を這い回っていた蝿の手肢が、私の肌の上を這い回っています。

必死で電車の入ってくる方向に逃げました。
ふと周りを見回すと、周囲のインド人は微動だにしていません。
蝿の嵐の中で、悠々と立っているその姿は、悟りを開いた阿羅漢というか、あらためてインド人の強さを実感しました。

ようやく電車に乗り込み、一息つきます。
「インドの電車のノーマルクラスは絶対乗らないほうがいい」と、先人にアドバイスをもらっていたこともあり、駅員と交渉して2等車に乗り込みます。

Img_31332等車の座席はこんな感じです。                    

                                        

電車が動き出し、しばらくすると、窓からガンジス河に上る朝日が見えました。
とても幻想的な光景。

Img_3140                                         

                   

電車の中はエアコンがよく効いていて涼しく、前夜ほとんど眠れなかったこともあり、すぐに眠くなってきました。
あっさりと熟睡。
結局、到着時間までほぼ眠りっぱなしでした。

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予定よりも1時間ほど遅れて、午前11時前にガヤ(Gaya)駅に到着。

Img_3144                                       

                                          

ブッダガヤは、ガヤ駅からリキシャで1時間弱ほど南にいったところにあります。
さっそくリキシャと値段交渉し、大菩提寺(マハー・ボーディ寺院)に連れて行ってくれるよう頼みます。
仏教の聖地だけあって、巡礼者や観光客が多いのでしょう。ガヤからブッダガヤまでの道は、よく舗装されていました。

Img_3145マハー・ボーディ寺院に到着。
リキシャを降りて、寺院の入口に向かいます。

                                     

Img_3152さすがに寺院だけあって、入場料は取っていませんでしたが、その代わりにCamera Feeということで20ルピーを支払いました。
巡礼者と観光客とを区別するために、料金をカメラ代という形にして、入場料の代わりにしているのでしょう。金額的にも、タージ・マハルとかよりも遥かに誠実さを感じます。
とはいえ、テレビカメラが10000ルピーとなっているあたり、そこはかとなく滲み出るものが。

寺院に入る前に、靴を脱ぐよう指示されました。
履いていたサンダルを預け、裸足で寺に向かいます。

熱い熱い熱い熱い!!

ブッダガヤは、デリーやアグラと同じく内陸部で、気温はおそらく45度を超えています。
その太陽熱を存分に吸い込んだ石畳は、もはや熱された石版と同じ。
爪先立ちで、ダッシュで日陰に向かうということを繰り返し、ようやく寺院の入口に。
ここからは絨毯が敷かれています。

Img_3157Img_3162正門から見たマハー・ボーディ寺院

                      

                          

                

                      

通路を進むと、本堂が見えてきました。

Img_3164中には黄金の仏陀像が安置されています。金ピカの仏像というのは、いまいち日本人の美意識にはなじみませんが、仏教の総本山のご本尊という重みは何にも換えがたいものがあります。

本堂を出て、回廊を通って本堂の裏に向かいます。
この回廊には、仏陀が悟りを開いた後、その悟りを衆生に理解させることができるかどうか、歩みながら沈思したという伝説があるとのこと。

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ちなみに、この回廊から菩提樹の下にかけては、コオロギが大量に道を這い回っており、踏まないようにするのが一苦労でした。
このコオロギ、形といい大きさといい、見た目がゴキブリにそっくりです。

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なんでこんなところまで来て、ゴキブリコオロギを踏まないように必死で歩かなければならないのか。

                   
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Img_3170

本堂の裏には、菩提樹が木の櫓に囲まれて立っていました。
2500年前、ここで仏陀は悟りを開いたとのこと。

さすがに2500年前だけあって、この木が当時の菩提樹そのものというわけではないそうですが、一応直接の子孫であると言われています。

                                      

Img_3175しばし菩提樹の下で佇みます。

                                        

ブッダガヤ
ああブッダガヤ
ブッダガヤ

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マハー・ボーディ寺院を出た後、周囲にある各国の仏教教団が建てた寺を回りました。

Img_3198Img_3201こちらは印度山日本寺。
いかにも日本の寺の本堂という感じです。

                           

ホテルの食堂で涼みながらカレーを食べているうちに、帰りの電車の時間が迫ってきました。
急いでオートリキシャに乗って、ブッダガヤからガヤ駅に戻ります。
結局、ブッダガヤ滞在時間は3時間弱でした(それでも十分回れてしまうくらい小さい町でしたが)。

時刻表で調べたところ、帰路の時間帯でバラナシに停車する電車が見当たらなかったため、とりあえず午後2時半発の電車に乗って、バラナシの2つ前のMughalsarai(ムガールサライ)で降りて、そこからタクシーで宿に戻ることに。

どうやってタクシーを捕まえようかなー、と考える暇もなく、電車を降りた瞬間タクシーの客引きに囲まれました。

そこそこリーズナブルな値段を言ってきた1人を選び、バラナシに戻ります。
途中、橋が通行止めになっているとか色々あって、結局宿に戻れたのは午後10時前。

今回痛感しましたが、バラナシからブッダガヤへの日帰りは無茶でした。
電車で片道5時間以上かかる上、電車の時間もシビアで、少しでもアクシデントがあったらバラナシまで戻って来れないところでした。
バラナシからブッダガヤに行く場合、よほど時間がない場合を除いて、素直に現地で一泊した方がいいと思います。

朝早かったことや、長距離の移動でかなり疲れていたため、この日の夜は前の日よりも眠れました(それでも夜中暑さで何度も目が覚めましたが…)。

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つづく

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北インド旅行記 -バラナシ・ブッダガヤ編①-

5月2日(金)

朝10時半の飛行機で、デリーからバラナシに移動し、バラナシ空港に到着。
飛行機には、欧米人観光客と思しき人たちがたくさん乗っていました。

Img_3045とても小さな空港で、見た目は貨物置場のようです。         

                                       

あらかじめピックアップサービスをお願いしていた車に乗り込み、宿に向かいます。
途中で車を降り、さらにオートリキシャに乗せられて、迷路のような路地をぐるぐると移動し、ようやく宿につきました。

バラナシの宿はこちら。
http://www.geocities.com/friendsguesthouse/varanasi

某ガイドブックにも載っている、かなり有名なバラナシでの日本人御用達のゲストハウスです。見た目もいかにも日本人宿という感じです(ちなみに、写っている男性はオーナーのRajajiさんです)。

Img_3053                                        

                                          

バラナシにはガート(Ghat)と呼ばれる沐浴場が何十も連なっているのですが、その中でもメインガートと呼ばれているのが、ダシャーシュワメード・ガート(Dashashwanedh Ghat)です。
今回の宿は、このガートから歩いて2分くらいのところにあり、とても便利です。

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部屋から見えるガンジス河は、こんな感じです。      

                                            

Img_33005月の暑さを考えて、エアコン付の部屋をお願いしていたのですが、部屋にあったのはこれ(写真が少し見にくくなっていますが、左下の機械です)。                            

室外機がないエアコン??
下の部屋にいた日本人の人に聞いてみたところ、どうも、機械内部の水に向かって扇風機を回して、その気化熱で温度を下げる機械のようです。

…嫌な予感がします。

とりあえず試してみたものの、予想どおり全く涼しくなりません。

まあ、宿泊代が300ルピーということを考えると文句は言えません。
とりあえず一休みして、散歩に出ることに。

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10分で嫌気がさして、部屋に戻ってきました

とにかく町が汚い。

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噂には聞いていましたが、ここまでひどかったとは。
そこら中に、野良牛、野良犬、野良猫、野良ヤギがいて、しかも道路のいたるところに糞が落ちています。
人間も負けずにものすごい数がいて、街はゴミだらけ。
猛暑で増幅される動物の糞とゴミから出る悪臭。
バイクやオートリキシャが行き交うたびに舞いあがる大量の埃。

こういうカオスがいい、という人もいるんだろうなとは思いますが(だからこそ、日本人バックパッカーが大量にバラナシにやってくるのでしょう)、残念ながら私には無理なようです。

部屋に戻った後、ゲストハウスにあった時刻表で明日のブッダガヤ行きの電車の時刻を確認していたところ、オーナーから、「今日バラナシ駅に行って、電車のチケットを取っておいた方がいい」と勧められ、ガートを見る前にバラナシ駅に行くことに。

再度汚い路地裏を通り抜けて、駅に向かいます。
駅も人、人、人。
切符売場も、ものすごい人数が並んでいます。
床に寝転んでいる人もたくさんいました。

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窓口をたらいまわしされたり、意味不明な指示をされるなど、切符を買うまでにインド人の波に揉まれてたっぷり1時間近くかかり、疲労困憊。

いつも思うのですが、インド人は本当に過密に強い人種だと思います。日本人もかなり人間の過密状態には強い人種だと思うのですが、インド人はその遥か上を行く耐性を持っているように思います。

こういう「どこにいっても人間だらけ」という状況に耐えられるからこそ、これだけ人口が多いにもかかわらず、インドでは社会秩序が成り立っているのかもしれません。
過密に弱い欧米人あたりだと、日常生活レベルでこれだけ人と人との間の密度が高まってしまうと、心が殺伐としてしまい、暴動が頻繁に起こって社会の治安が保てないような気がします。

ようやく部屋に戻り、一休み。
駅に行ったのは往復時間も含めて2時間ちょっとのことなのに、ものすごく体力を消耗しました。

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夕刻になり、ガンジス河に向かいます。

ガートから見る夕刻のガンジス河は、素晴らしく雄大でした。

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Img_3067Img_3072           

                   

心のテーマソングは、もちろんこれ。

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ここが聖地ガンジス河か…と、感慨に浸っている暇もなく、大量のインド人が次から次に声をかけてきます。

1時間ちょっとガートを歩いていただけで、確実に100人以上には声をかけられました。
うち10人くらいは、「バラナシ、歯ブラシ、スバラシイ」と言って声をかけてきました。
かのドラマは、インド側でも有名になってしまっているようです。

誰が教えたのか、多くのインド人は片言の日本語で声をかけてきます。

「エハガキ、ヤスイヨ」とか。
「ボート、ノラナイ?」とか。
「カネクレ」とか。

頼むから、ゆっくり、心静かにガンジス河を見させてください…

教えた日本人を竹刀で殴りつけて反省させてやりたい言葉もたくさんかけられました(全部脈絡がなく意味不明)。

「ワタシハ、ニホンノソウリダイジンデス」とか。
「オマエ、オカマダロ」とか。
「オニーサン、チ○チ○、ミエテルヨ」とか。

いいかげんげんなりして、日本語で話しかけてくるインド人は片っ端から無視していたのですが、インド人の子供にすれ違いざまに、「ウワ、コノヒト、ユニクロノシャツナンテキテルヨ」とに言われたときは、なんだか無性に悲しくなりました。

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心を無にして、ガートを下流に向かって歩き、有名な火葬場のあるマニカルニカー・ガート(Manikarnika Ghat)までやってきました。
6つほど設けられた火葬場に、人が次々と運び込まれ、ガンジス河に浸された後、燃やされていきます。
周囲は煙に包まれており、独特の雰囲気のある空間でした。

ここで荼毘に付され、遺灰がガンジス河に流されると、輪廻から解脱できると信じられており、インド国中から死期の近い人が集まってくる場所でもあります。
中には、そろそろ死期が近いかと思ってバラナシまで来たものの、思ったよりも自分の生命力が強く、死ぬ前にバラナシ滞在費用が尽きてしまって国元に帰っていったという、悲劇なんだか笑い話なんだかわからないような話もあります。

ここは近接しての写真撮影が禁止されています。
が、禁止されていなくとも、近接撮影は死者への冒涜であり、何か特別に伝えたいメッセージがない限りは、すべきではない行為でしょう。少なくとも、観光客が興味本位で写真を撮っていい場所ではないと思います。

と、しばらくガートで火葬場を眺めていると、例によってインド人が寄ってきました。

観光客は火葬場に近づいてはならないので、上にある建物の窓から見るように、とのこと。
これをすんなり信じるほどインド慣れしていないわけではありませんが、確かに上から俯瞰で見たほうがよく見えるかもしれないと思い、移動することに。

移動したから良いかと思っていたら、さっきのインド人がついてきて、頼みもしないのに説明を始めます。
目の前の光景を静かに見たかったので、「静かにしてくれ」と数回言ったのですが、説明をやめようとしません。しばらくは我慢していたのですが、厳かな光景を雑音でかき乱されることがたまらなくなり、「わかったから向こうに行ってくれ」と50ルピーほど渡したところ、あっさりどこかに行ってしまいました。

ようやく静かになり、しばらくの間、火葬場の様子を見続けました。
日本の火葬場では、棺を火葬機械に入れる場面と、火葬が終わって出てくる場面までの間に断絶があり、実際に燃えているところは遺族の目には触れません。
それに対して、目の前の光景は、まさに人間が燃えている場面がはっきりと見え、否応なく「死」が突きつけられます。
もしかしたら、日本の火葬システムは、遺族への配慮が嵩じて、遺族が故人の「死」を認識する最も重要なプロセスを省いてしまっているのかもしれません。

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火葬場の裏には、火葬に使う薪が山と積まれていました。この薪はそこそこ高いそうで、遺族がこの薪を買えない場合、ガス火で火葬されるということもあるそうです。                

火葬場の緊張感に少し疲れたこともあり、ゲストハウスに戻ることにしました。

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明日は午前5時20分バラナシ発の電車に乗ってブッダガヤに向かいます。
朝4時半にオートリキシャのピックアップを依頼し、部屋の扉を開けました。

暑い…

部屋中に熱気がこもっています。
例のエアコンもどきを作動させましたが、まるで効果なし。

ベッドに横になったものの、マットレスが体温より暖かいとはなんとしたことか。
たっぷり熱気を吸ったマットレスが熱気を吐き出しており、電気毛布の上に横になっている気分です。

結局、この日は早めに横になったものの、あまりの暑さに朝までほとんど一睡もできませんでした。

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つづく

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北インド旅行記 -デリー・アグラ編②-

門をくぐってしばらく歩くと、タージ・マハルの正門が見えてきました。
ガイドブックによると、最初に入った門は東門ということで、こちらがタージマハルに繋がる正門であるとのことです。

Img_2954Img_2955Img_2957 

                        

門をくぐると…
見えました、タージ・マハル。
門の前は観光客でごったがえしています。

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Img_2961正門からは少し距離があるため、前庭を歩いてタージ・マハルに向かいます。

                                 
時刻は午後1時。
暑さが半端ではありません。
正門からタージ・マハルまでは見た目よりも結構離れているため、庭を歩くだけで汗が吹き出てきます。

ようやく着きました。

でけえ。

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Img_2971                          

                             

とにかく巨大。
写真で、建物と人間の大きさを比べるとわかりますが、ものすごい大きさです。
これが全部白い大理石で作られているというあたり、さすが建築により国家財政が傾いたというだけのことはあります。

入口で靴カバーをサンダルの上から履きます(ADAチケットと一緒にもらった靴カバーはここで使うようです)。
タージ・マハルとその周辺が砂だらけにならないようにする工夫でしょう。

Img_2975Img_2992近くで見るタージ・マハルは圧倒的な質感です。さすがインドで最も有名な観光地になるだけのことはあります。        

                                    

                                        

     
Img_2980宮殿ではなくお墓というだけあって、中は意外に狭く、王とその愛妃の墓所以外には、部屋がいくつかあるだけでした。

                                

Img_2981部屋も薄暗く、なんというか、人間の匂いがしません。

                                             

やはり、これは建物ではなく巨大な墓標であって、墓標の中にいくつか空間を作ったということなのでしょう。

Img_2982タージ・マハルの裏にはヤムナー河が広がっており、素晴らしい眺めです。

                                   

周辺には左右対称の別廟もあり、ここも見てみたかったのですが、あまりにも暑くて観光意欲が減退してしまったため、とりあえずタージ・マハルから出て、エアコンの効いた店で昼食を食べることに。

どれくらい暑いって、前日飛行機でムンバイからデリーに移動し、自動車をチャーターして(けっこうな金額がかかります)、朝から車で片道4時間半かけて来たにもかかわらず、「もういいから涼しいところで休ませて」と思ってしまうくらいの暑さをご想像ください。

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来たときと同じ道のりを戻り、車に戻ったときには既にフラフラでした。
今思えば、軽い熱中症だったのかもしれません。

とりあえず、近くのホテルThe Oberoi AMARVILASに移動。

Img_3002

ここは、タージ・マハルに至近で、しかもOberoiグループのホテルであるにもかかわらず、日本の著名なガイドブックには載っていないという穴場です。           

http://www.amarvilas.com/index.asp?leftinfo=1&leftitem=1

Img_3003

庭からはタージ・マハルが望めます。                                

                                       

Img_3007入り口から1階降りたところにレストランがあり、窓から庭を眺めつつ、ゆっくりご飯を食べました。エアコンが良く効いており、とても快適です。料理の味も良し。                         

ここの唯一にして最大の難点は、値段がべらぼうに高いこと
スープとリゾットだけで、1800ルピー(約5000円)もしました…

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昼食後、アグラのもう1つの観光名所であるアグラ城(Agra Fort)に移動。

こちらは正真正銘のお城(というか要塞)で、アグラ地方の領主が使っていたお城の城跡です。
重厚感のある赤茶色の壁が、いかにも実用の城という雰囲気を出しています。
こちらも、タージ・マハルと同じく世界遺産に指定されています。

Img_3008Img_3009                     

                                

例によって外国人料金を払った後、中に入ります。

Img_3037 入口では、猿がお出迎え。              

                                          

壁に沿ってしばらく歩いていくと、城の裏庭に出ました。
ここからはヤムナー河とそのほとりのタージ・マハルが一望できます。

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しばらく城内を回った後、例によって暑さで体力が消耗してきたため、早めに車に戻ることに。
午後4時前という時間もあり、もう1箇所くらい回るかどうか迷ったのですが、とりあえず見たかったものは全て見たということ、帰るのにもまた4時間かかることから、デリーに戻ることにしました。

デリーに到着したのは午後8時。
この日は某経済誌の編集者と某大学の教授が同じ宿に泊まっており、インド話に花を咲かせました。

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バラナシ・ブッダガヤ編につづく。

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北インド旅行記 -デリー・アグラ編①-

4月30日(水)

少し早めに仕事を上がって家に戻り、旅行の荷造りをした後、空港に移動。
午後8時のJET Airlineでデリーに向かいます。

デリーのお宿はこちら↓
http://sapna.exblog.jp/i4

日本人出張者を中心に、知る人ぞ知る宿で、日本人女性がお1人で経営されています。
街の中心部からは少し離れていますが、部屋は清潔で、周囲の環境も良いです。希望すれば、日本食の朝食も食べることも可能です。また、日本人の経営ということで、全体のセンスが日本人に合っており、とても快適に過ごせます。

なにより、昨今の異常なホテル価格の高騰の中で、このクオリティーで1泊2500ルピーというのは非常にありがたい。
デリーで下手にこのくらいの値段のホテルに泊まってしまうと、お湯が出ないとかベッドが砂だらけとかはザラにあることを思えば、格安といっていいと思います。
(※インドの都市部では、ここ1、2年でホテルの宿泊代が2倍を超えて上昇しており、シャワーで水しかでないようなホテルでも、平気で1泊1万円(相当ルピー)以上の値段を設定していたりするため、宿泊代とホテルの質が全く釣り合わないという状況になっています。)

中に入ると犬が出迎えてくれます。

Img_2945                               

                                       

 

到着したのが午後11時を過ぎていたため、この日はさっさと寝てしまいました。

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5月1日(木)

車をチャーターして日帰りでアグラに行き、タージ・マハルとアグラ城(Agra Fort)を観光する予定だったのですが、なぜか以前からお願いしていた運転手(個人で車を持って運転手業をしている人)に電話が繋がりません。
2日前に電話したときには、ピックアップの時間はもちろん、料金まで合意していたのに…

まあしょうがないですね、インドだから

結局、諦めてB&Bのご主人にお願いして車をアレンジしてもらうことに。
料金は個人で合意していたときよりもかなり高くなってしまいましたが、この際やむをえません。

朝6時半に起きて準備をしていたのですが、このトラブルで結局アグラに向けて出発したのは8時過ぎくらいでした。

エアコン付の車をチャーターしたので、道中はなかなか快適。
今週は仕事が忙しく疲れていたこともあり、ひたすら横になって寝ていました。

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4時間後、ようやくアグラ市内に到着。
予想より少し時間がかかりましたが、まあ片道230キロという距離を考えたらこんなものでしょう。

それからさらに30分ほど市内を移動し、ようやくタージ・マハルに到着しました。
タージ・マハルの入口から約1キロメートルは自動車進入禁止になっており、手前の駐車場で車から降ります。

暑い…

それもそのはず、アグラはデリーと同じく内陸ど真ん中。
確か気温は45度近いはずです。
おまけに、日差しがものすごくきつく、立っているだけで汗が噴き出してきます。

最初は1キロくらいだったら歩けるか、と思っていたのですが、あまりの暑さに断念。
諦めて、サイクルリキシャに乗りました。

Img_2952こんなに暑い中、人1人を後ろに乗せて坂道を自転車で駆け上がっていくのは大変な重労働だと思います。

                                      

                                     

                             

10分ほど揺られた後、ようやくタージ・マハルの入り口に到着しました。

Img_2953                                      

                                              

チケット売場では、当然のごとく外国人料金が設定されており、入場料が250ルピー、ADAと呼ばれる外国人だけ買わなければならない何だかよくわからないチケット(一応、遺跡保存等のために使用されると説明されています)が500ルピーの、合計750ルピー

インド人の入場料は20ルピーなので、外国人は実に37.5倍の料金を払わされます。

ここまでくると、この国は、官も民も外国人からぼったくるのが国是であると思わざるをえません。
750ルピーといえば約2000円で、(物価のレベルがぜんぜん違う)日本国内にだってこんな高額の入場料を取る観光名所は少ないでしょう。
実際、この料金を見て、タージ・マハル観光を諦める外国人バックパッカーも後を絶たないとか。

そういえば、この国には、直接投資でも外資に対する優遇措置は全くありません。
むしろ、外国会社の現地法人や支店には、訳のわからない理由を掲げて理不尽な課税をしたりします。また、いったん設立した現地法人や支店を閉鎖するのにも、ものすごい制限が課されており、撤退も非常に難しい国です。
つまり、外国人、外国資本については、「もらうものはもらう。優遇は一切しない。資本の引き上げは簡単には認めない」というのがこの国の基本方針ということで、私のような立場の人間が言うのもなんですが、日本企業の皆さんには、本当にこういう国に投資していいのか十分にご検討いただいた方がいいと思います。

ちなみに、500ルピーもするADAには、一応水と靴カバーがおまけで付いてきます。
が、水は生ぬるく(しかも500ml)、靴カバーもスーパーの袋みたいな代物です。

Img_3040ADAチケットの裏に、「水と靴カバーをタダであげるよ!」と強調して書いているあたり、火に油を注ぐというか。
それでもまあ、全く何もないよりはマシなんでしょうけど。          

ひとしきり腹を立て終わったところで、門からタージ・マハルの敷地に入ります。

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つづく

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アウランガバード旅行記 -アジャンタ編-

バスのピックアップ時間である午前8時半の20分前に目を覚ましました。
前日は目覚ましも何も使わずにそのまま寝てしまったので(まさか翌朝まで寝るとは思わなかった)、起きて時計をみたときにはかなり焦りました。

5分でシャワーを浴び、出発準備完了。
一泊二日の旅ということで、ほとんど荷物を持ってきていなかったのが幸いしました。

珍しくバスは8時半ぴったりにホテルに来ました。
どうやら、アウランガバード各所のホテルを回って観光客をピックアップしているようで、その後も7、8個のホテルを回り、アジャンタに向けて出発したのは9時すぎでした。

道路の周りには田舎の風景が広がっています。
牛や馬、ヤギなどのおなじみの動物をたくさん見かけました。

バスに揺られること2時間半、アジャンタ石窟寺院群の入り口に到着です。
アジャンタに行くには、入り口からシャトルバスに乗り換える必要があります。

アジャンタ石窟寺院群の全貌です。
美しい渓谷を抜けると、突然多数の石窟寺院が広がるという感じで、なかなかの壮観です。

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Img_2901                                                                                                                     

              

アジャンタには、全部で28の石窟寺院がありますが、有名なのは第1窟、第17窟、第26窟といったあたりです。

ガイドに連れられて、まずは第1窟に入ります。

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えーと、真っ暗です

光が壁画に悪影響を与えるとの理由で、洞窟の中の光は最小限に抑えられています。
最初はよく見えなかったのですが、しばらくすると目が慣れてきました。

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うーん…

暗い上に絵の痛みが激しく、何が書かれているのかがよくわかりません(写真だときれいに見えますが、肉眼ではこれほど鮮やかには見えません)。
剥落部分が多いのはしょうがないとしても、色もくすんでおり、純粋に芸術作品としてみた場合、あまり高い点はつけられません。
ただ、1500年前の絵ということを考えるとやっぱりすごいと思います。
なんといっても、日本中が大騒ぎした高松塚古墳よりもまだ古い時代の壁画です。

それにしても、1500年前にも人間は仏陀の絵を描いていたのかと思うと、宗教と芸術というのはつくづく切っても切れない関係にあるものだなあと。

そのまま石窟を回ります。
どれも同じように見えつつもそれぞれ個性があり、なかなか興味深いです。

Img_2887Img_2885                                                                      

第17窟は、最もきれいに壁画が保存されていて、絵の内容も理解しやすいものが多く、個人的には一番好きです。

Img_2903Img_2904                                                                                  

第26窟の涅槃像です。

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(おまけ)アジャンタの前にいた猿。野生のリスもたくさんいました。

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一通り石窟寺院群を見終わった後、近くのレストランで遅めの昼ごはんを食べました。
出てきたのは例によってカレーですが、これがやたらと辛く、半分も食べられませんでした。
スパイスの風味には何とか慣れてきたのですが、インド式の味覚が壊れているとしか思えない唐辛子の量には、今後も慣れる気がしません。
そういえば、同じ唐辛子好きの韓国の人はインド料理にあまり抵抗がないそうです。

同じ道のりでホテルに戻ります。
アジャンタではかなり歩いたので少し疲れました。
ふと周囲を見回すと、乗客全員が爆睡していました。

ホテルで少し休んだ後、空港に向かいます。
驚いたことに、帰りは飛行機が定刻どおり飛びました。
定時どおり出発することにこれほど感動できる体質になってしまうとは。日本に帰ったら毎日が感謝感激の日々になりそうです。

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さて、2日でエローラ、アジャンタ両石窟寺院を回ったわけですが、個人的にはアジャンタの壁画よりもエローラの彫刻の方が印象に残りました。
気宇壮大としか表現できないカイラサナータ寺院は一見の価値はあると思います。
また、アジャンタの壁画も決して劣るものではなく、人によってはこちらの方が好きな人もいるのではないかと思われます。

おまけとして、ビビ・カ・マクバラも、タージ・マハルを見たことがない人には十分に楽しめる建築でした。

いずれにしても、アウランガバードはインドの中でも訪れて損はない街だと思います。
高級リゾートホテルもありますし、宿泊面でも不安はありません。
インドに訪れる機会があれば、是非立ち寄ってみてください。

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アウランガバード旅行記 -エローラ編-

土曜日朝のJET Airline(インド国内の航空会社。サービスの良さに定評あり)の飛行機でムンバイからアウランガバードに向かいます。

スケジュールは7時15分発ですが、実際離陸したのは午後9時前。
まあ、いつものことです。
搭乗してから1時間半以上待たされたのですが、熟睡していたので待ち時間は気になりませんでした。

約1時間弱のフライトの後、ホテルからの迎えの車に乗り、10時過ぎにようやくホテルに到着しました。
到着がかなり遅れてしまったため、既にエローラ、アジャンタ行きのツアーバスは全て出発してしまっています。

ホテルで話を聞くと、この時間からだとアジャンタは少し遅いが、エローラなら十分行って帰ってこられるとか(エローラはアウランガバードから車で1時間弱で行けますが、アジャンタは100km以上離れており、車でも3時間弱くらいかかるそうです。)。
ちなみに、このホテルはClassicという現地の旅行会社が直営しているホテルで、レセプションでツアーの申し込みが簡単にできます。ただ、その分、お値段は1泊1000ルピー(約3000円)と、インドにしてはそれなりに高いです。

そこで、ホテルの車をチャーターしてエローラ石窟寺院に向かうことに。
1日チャーターで、ドライバー兼ガイドに払うチップも含めて1000ルピーでした。

途中、Daulatabadという古代の砦に少し寄りました。

Img_2626ここは、岩山をそっくりそのまま砦にしたもので、なかなか威圧感があります。遠くから見ただけでしたが、そのすごさは十分に伝わってきました。

さらに30分ほど車に揺られ、エローラに到着しました。
入り口で入場料と駐車料金を支払います。
駐車料金は10ルピーと安かったのですが、例によって、入場料はインド人10ルピーに対して外国人250ルピーと極端な差です。
250ルピーの代わりに5ドルでも良いという話だったので、手持ちのドルで払ってしまいました(レートで換算すると5ドルの方が安くなります。)

エローラ石窟寺院は、全部で34の石窟寺院群から成るのですが、その中でも最大かつ最高の建築は、16番目のKailasanath(カイラサナータ)寺院です。
ちなみに、入場券のチェックはカイラサナータ寺院の前でしかしておらず、事実上他の石窟寺院群はフリーパスで入れてしまうあたり、いかにカイラサナータ寺院がエローラで大きな地位を占めているかということが伺われます。

さっそくカイラサナータ寺院に入ります。

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これは凄いです。
なんというか、とにかく凄いです

彫刻の繊細さや美しさという点では、カンボジアのアンコール・ワットに一歩譲りますが、全体の構造や彫刻の豪快さでは文句なしにこちらの方が上です。
何より凄いのが、この建物全体が岩肌を彫りぬいてできたものであることです。

つまり、この建物や塔は、石を持ってきて作られたのではなく、もともとあった岩肌から作られたのです。足し算ではなく全て引き算で作られたのです。

よほど全体の構造を計算して彫らないと、引き算でこの規模の建物は作れません。
彫り始めたのは西暦756年なので、日本だとまだ平安時代にすらなっていません。

これまで色々な史跡、建物を見てきましたが、その中でも最上位に入ります。
一生に一回は見ておいた方が良いです(アンコール・ワットを見て感動した人なら特に)。

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Img_2703カイラサナータ寺院を、岩壁の上から撮った写真です。高さは30メートルを超えており、上から見下ろすと、いっそうその凄さがわかります。

Img_2706Img_2711

ちなみに、岩壁の上には、側道を通って上っていくのですが、インドらしく当然落下防止用の手すりなどないので、かなり危険です。                           

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カイラサナータ寺院の後、他の石窟寺院群も見て回ります。
カイラサナータ寺院のインパクトにはさすがにおよばないものの、それでもとても岩壁を彫って作ったとは思えない素晴らしい寺院に出会えました。

ゼロの概念といい、インド人の創造の力は本当に素晴らしいと思います。

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夕方にエローラからアウランガバード市内に戻ってきた後、ホテルに戻る前にBibi-ka-Maqbara(ビビ・カ・マクバラ)に寄りました。
入場料は、インド人が5ルピー、外国人が100ルピーまたは2ドルです。相変わらずすごい差です。

Img_2822タージ・マハルをモデルにして建築された廟だけあって、「ミニ・タージ・マハル」と呼ばれるほど、タージ・マハルに似ています。
池の向こうに見える姿は、さながらタージ・マハルです。

Img_2825ただ、さすがにタージ・マハルほどの費用をかけるわけにはいかなかったらしく、大理石は一部にしか使われていないそうです。
それでも十分美しいです。

Img_2823夕暮れに入りかけた中、美しい庭園を抜け、ぶらぶら歩くのはとても気持ち良いです。

インド人の家族連れがたくさん来ており、逆に外国人はほとんど見かけませんでした。 安い入場料もあり、地元の人々の憩いの場になっているようです。                                                                                      

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ホテルには午後6時過ぎころに戻りました。
レセプションで次の日のアジャンタバスツアーの予約を取ります。
往復+ガイド付きで300ルピー。まずまずリーズナブルだと思います。
朝8時半にホテルにバスが迎えに来るとのこと。

部屋に入って埃に汚れた顔を洗います。
小ぎれいという表現がぴったりの部屋です。

ご飯までまだ少しあるなー、と思いつつ横になり、あっという間に眠りに落ちました。
まさかそのまま次の日の朝8時過ぎまで眠り続けるとは思いませんでしたが。

確かに朝早かったとはいえ、これはあんまりです。
どうもインドに来てから睡眠時間がやたらと増えて困っています…

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