インド労働法解説

インド労働法解説その9 -非正規雇用(2)-

前回からの続きで、契約労働雇用(Contract Labour)についての解説です。

5 契約労働雇用(Contract Labour)

契約労働雇用とは、使用者が直接労働者を雇用するのではなく、契約業者から労働者を派遣してもらって労働者を使役する雇用形態をいいます。
日本でいう派遣労働に近い概念です。

契約労働雇用を規律する法律は、「1970年契約労働(規制および廃止)法(Contract Labour (Regulation and Abolition) Act, 1970)」です。

同法上、契約労働雇用における使用者、契約労働者、労働者を派遣する者は、それぞれ以下のとおり定義されています。

・使用者(=労働者を実際に使役する者)は、「主たる使用者(principal employer)」と呼ばれます。
「主たる使用者」は、通常使用者である法人または個人のことを意味しますが、場合によっては工場長や施設長など、当該契約労働者が勤務する施設の長を意味することもあります。

・「契約労働者(contract labour)」は、「労働者(workman)であって、主たる雇用者が誰であるかを知りつつ、あるいは知らずに、ある施設(establishment)において、契約業者を通じて勤務する者」と定義されています。
この定義から明らかなとおり、契約労働者は、必ずしも主たる使用者が誰であるかを知っている必要はありません。

なお、「施設(establishment)」は、「産業、取引、事業、製造その他何らかの職務が行われるあらゆる場所」と定義されています。
この定義により、オフィス、工場といったほとんどあらゆる職場が、「施設」に該当することになります。

・労働者を派遣する者は、「契約業者(contractor)」と呼ばれています。
「契約業者」は、「契約労働者を通じて、施設のために一定の成果をもたらすこと(ただし、単に物品や製造品を施設に供給するだけの業務は含まない)を引き受ける者、または施設内の何らかの作業のために請負労働者を供給する者をいい、下請けの契約業者を含む」と定義されています。

下線部が重要で、この規定により、インドにおける契約業者は、必ずしも何らかの成果物の完成を目的として契約労働者を派遣する必要は無く、日常業務のために契約労働者を派遣すること(日本でいう派遣労働的な業務)ができることになります。

なお、日本では、偽装請負の問題に代表されるように、労働者が請負労働者か派遣労働者かの区別が、指揮命令系統の所在と関連して、労働法非常に重要な問題となりますが、インドでは、上記定義により、「契約労働者」は請負的な労働、派遣的な労働のいずれもできることとされているため、請負と派遣の区別は通常問題となりません

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1970年契約労働(規制および廃止)法上、契約労働については、以下の規制が課せられています。

(1) 契約業者に対する規制

20人以上の労働者(workman)を、契約労働者として雇用し、または過去12か月のいずれかの日に雇用していた契約業者は、1970年契約労働(規制および廃止)法の適用対象となり、以下の規制が課せられます。

・免許取得義務
20人以上の労働者(workman)を雇用する者は、州の労働コミッショナー(Labour Commissioner)から契約業者としての業務を営むことにつき、免許を取得する義務を負います。

ご参考:デリーのLabour Commissionerのウェブサイト
http://www.delhi.gov.in/wps/wcm/connect/doit_labour/Labour/Home/

・設備提供義務
契約業者は、1970年契約労働(規制および廃止)法が適用されるすべての施設において、とりわけ休憩室、食堂、衛生的な飲料水、便所、手洗所、応急処置設備を含む、雇用する契約労働者の福利および健康のための設備を提供する必要があります。これらの義務の内容は、施設内に雇用されている契約労働者の数によって異なります。

※契約業者が所定の時までに上記のいずれかの設備を提供しなかった場合には、主たる雇用者がそれらを提供する必要があります。主たる雇用者は、設備を提供するにあたり負担した支出を、契約により契約業者に支払われる金額から相殺する方法、または契約業者から回収する方法のいずれかにより、請負業者に求償することができます

・記録保持義務
契約業者は、雇用する契約労働者、契約労働者によって行われる作業の性質、契約労働者に支払われる賃金率等の登録簿および記録を所定の様式で保持する必要があります。

・賃金支払義務(第一次的義務)
契約業者は、契約労働者として雇用する各労働者への賃金の支払について、第一次的な責任を負います。

(2) 主たる雇用者に対する規制

・登録義務
1970年契約労働(規制および廃止)法が適用されるすべての施設の主たる雇用者は、登録官 (Registering Officer) に施設の登録を申請する必要があります。
ここで、登録官とは、その施設のある州の労働コミッショナー(Labour Commissioner)のことをいいます(労働コミッショナーについては上記参照)。

日本と異なり、インドにおいては、主たる雇用者(=契約労働者を使役する者)の側においても、登録申請が必要になることに注意が必要です。

日本では、いわゆる人材派遣会社側では労働者派遣事業の許可を取得する必要がありますが、労働者の派遣を受ける側では、当該派遣に関して許可や登録を行う必要はありません。
しかしながら、インドでは、契約労働者を使用する側でも、登録が必要となります。

そのため、現地の日系企業が、登録義務に気が付かないまま契約労働者を受け入れてしまうと、登録義務違反の問題が生じることになり、この点十分な注意が必要です。

・記録保持義務
主たる雇用者は、契約業者と同じく、雇用する契約労働者、契約労働者によって行われる作業の性質、契約労働者に支払われる賃金率等の登録簿および記録を所定の様式で保持する必要があります。

・賃金分配立会義務および賃金支払義務(二次的責任)
主たる雇用者は、適切な代理人を任命の上、当該代理人を、契約業者による契約労働者に対する賃金の分配の場に同席させることが義務づけられています。
これは日本にないやり方なので、注意が必要です。

また、契約業者が所定の時までに賃金を支払わなかった場合、または不十分な金額しか支払わなかった場合、主たる義務者は、契約労働者に対して賃金全額または契約業者による支払の不足分を支払う必要があります。
なお、この場合、主たる雇用者は、支払った金額を、契約業者に対する契約料の支払いの相殺または債権回収の方法で、求償することができます。

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ということで、当然のことではありますが、インドにおける契約労働雇用は、日本の派遣労働と似ているものの、大きく異なる部分もあるため、インドにおいて契約労働者を利用する場合、規制内容については十分に注意する必要があります。

次回からは、インドにおける労働組合について解説していきます。

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インド労働法解説その8 -非正規雇用(1)-

インドにも、日本と同じく、正規雇用(full-time labour)と非正規雇用の区別があります。

非正規雇用には、多くの種類がありますが、その主なものは以下のとおりです。

・試用期間(Trial Period)

・パートタイム雇用(Part-time labour)

・臨時労働雇用(Temporary labour / Casual labour)

・季節労働雇用(seasonal labour)

・契約労働雇用(Contract Labour)

なお、正規雇用か非正規雇用かは、労働者(workman)と非労働者(non-workman)との区別とは別次元の問題です。
そのため、非正規雇用であっても非労働者(non-workman)にあたるということはありえますし、反対に、正規雇用であっても労働者(workman)にあたるということもありえます。

ただ、一般的に言って、非正規雇用により雇用された労働者が、管理職的な役割を果たすことは少ないため、「多くの場合には非正規雇用=労働者(workman)にあたる」ということは言えるでしょう。

以下、各非正規雇用の形態について、個別に概要を解説します。

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1 試用期間(Trial Period)

雇用者は、被雇用者の雇用の際に、試用期間を設けることができます。
試用期間は、最大6ヶ月であり、この期間中は、適切な通知さえ行えば、理由なくして解雇することができます(正確には、解雇というよりも、「不採用決定」というべきでしょう)。

実務上、この試用期間はきわめて重要です

後に解説しますが、インドでは、いったん正規雇用した労働者(あるいは非労働者)を解雇することには大きな困難が伴うため、正規雇用にいたる前に、当該労働者について見極めを行い、正式採用か不採用かの決定ができる(しかも理由は不要)試用期間は、企業にとってきわめて有益な制度です。

インド労働法上の解雇の困難さ、労働紛争になった場合の時間とコストのかかり方等を考慮すると、インドで人を雇用する場合、必ずこの試用期間を設けるようにすべきといっても過言ではないくらい、日本企業にとっても重要な制度であるといえるでしょう。

なお、試用期間の繰り返しは認められておらず、たとえば6ヶ月の試用期間の後に、もう一度続けて6ヶ月の試用期間を置くことなどはできません。
これが認められてしまうと、試用期間を連続することにより、企業はいつでも被雇用者を解雇できることになってしまうため、当然といえば当然の規制でしょう。

2 パートタイム雇用(Part-time labour)

いわゆるアルバイト、パート雇用です。
パートタイム雇用とは、1日のうち、限られた時間のみ労働を行う者を雇用することをいいます。

下記3、4との相違は、3、4は一定期間は通常1日フルタイムで働くことが予定されているのに対し、パートタイム雇用は、1日のうち限られた時間のみ働くことが予定されている点です。

労働時間規制、最低賃金規制などは、正規雇用者と同様の規制が課されます。

3 臨時労働雇用(Temporary labour / Casual labour)

臨時労働雇用とは、特定の仕事の完成を目的として、一定期間のみ労働を行う者を雇用することをいいます。

パートタイム雇用が、一般に日常の業務を行うのに対し、臨時労働雇用は、ある特定の仕事の完成を目的として、その完成に必要な期間のみ雇用されるという点で特色があります。

パートタイム雇用と同じく、労働時間規制、最低賃金規制などは、正規雇用者と同様の規制が課されます。

4 季節労働雇用(seasonal labour)

季節労働雇用とは、主に農業において、種まきや収穫など一定の労働力が必要な季節に限って、その期間のも労働を行う者を雇用することをいいます。
いわば、農業版の臨時労働雇用です。

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契約労働雇用(Contract Labour)については、やや規制が複雑なため、次回詳細を解説します。

なお、Contract Labourといった場合、「請負労働」と訳すのが一般的ですが、インドにおけるContract Labourは、日本でいう派遣労働に近いため、誤解、混同を避けるべく、あえて「契約労働」と訳しています。

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インド労働法解説その7 -工場における労働条件とStanding Orders-

前回は、工場以外の雇用における労働契約について解説しました。
今回は、工場(factory)における労働条件と、就業規則(standing orders)について解説したいと思います。

(工場以外の)オフィス等の施設の労働条件については、その地域の、「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」が適用されますが(内容は前回、前々回と解説したとおりです)、「工場(factory)」については、1948年工場法(Factories Act, 1948)や1946年産業雇用(就業規則)法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946が適用されます。

ここで、1948年工場法に基づく保護が適用される「工場」とは、

「機械作業の場合10人以上、手作業の場合20人以上の労働者(workman)が雇用されている、または過去12か月のいずれかの日に雇用されていた工場」

を言い、これらの工場については、1948年工場法に基づいて、労働条件が定められる必要があります。

上記要件をみたさない工場(10人または20人未満の工場)については、そもそも1948年工場法の適用対象とならないため、通常の店舗および施設法に基づいて労働条件が定められるべきことになります。

また、工場で働くworkmanの数が100人を超える場合、1946年産業雇用(就業規則)法が適用され、同法により労働条件が規制されることになります。
いわゆる就業規則としてのStanding Ordersの制定が求められるのは、この場合です。

以下、①workmanが10人以上(あるいは20人以上)100人以下の工場、②workmanが100人超の工場、に分けて解説します。

1 workmanが10人以上(あるいは20人以上)100人以下の工場について

この場合、1948年工場法に従って労働条件が定められ、会社はこれを遵守する必要があるとともに、同条件に従って労働者との間の労働契約が締結される必要があります。

労働条件の詳細については、以下のJETROの「インド労働法に関する調査報告書」の15頁末尾から21頁初めまでを読んでいただくのが早いと思います。
http://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000147/india091208.pdf

主な規制は、以下のとおりです。

・「工場責任者(occupier)」の任命義務(特定の者を任命しない場合、会社の取締役全員が工場責任者としての責任を負う)

・当局への工場登録義務、検査官による検査に服する義務

・労働者の健康および安全に配慮する義務

・労働者の福利厚生

・労働時間および休暇に関する規制(労働時間は1週48時間、1日9時間を超えてはならなず、最低でも5時間おきに30分以上の休憩が必要。また、1年に240日以上勤務した労働者は、前年の間に勤務した20日につき1日の割合で計算された日数の有給休暇を取得することができる、など)

・若年者雇用に関する規制(14歳未満の児童の雇用の禁止)

2 workmanが100人超の工場について

この場合、1946年産業雇用(就業規則)法が適用され、会社は当該工場について、Standing Ordersと呼ばれる就業規則を定める必要があります。
※ちなみに、1946年産業雇用(就業規則)法の適用対象は、「産業施設(industrial establishment)」であり、これは工場のみならず、鉱山、農場等を含む概念です。したがって、鉱山で100人以上のworkmanを雇用する場合でも、同法は適用されることになります。

「そんなこと言われても、Standing Ordersってどうやって定めればいいんだよ」という声に応えてかどうかはわかりませんが、1946年産業雇用(就業規則)法は、その別表Ⅰとして、モデルStanding Ordersを添付してくれています。

モデルStanding Ordersはこちら↓
「model_standing_orders.doc」をダウンロード

「モデル」といっても、これは単なる見本ではなく、いわば標準約款であり、会社がStanding Ordersの届出を行い、それが認証、施行されるまでは、これがそのまま当該工場に適用されます。
(正確に言えば、「ある産業施設(=工場)について、同工場が1946年産業雇用(就業規則)法の適用対象となった日(=workamが100人を超えた日)から、正式に認証された就業規則が施行される日までの期間、モデル就業規則が当該産業施設で採用されたものとみなされる」ということです)

Standing Ordersの届出、認証手続は、以下のとおりです。

①雇用者(=会社)は、1946年産業雇用(就業規則)法が産業施設に適用されることとなった日から6か月以内に、就業規則(Standing Orders)の案を作成し、その写し5部を関係する「認証官(Certifying Officer)」(=労働コミッショナー(Labour Commissioner)または地域コミッショナー(Regional Commissioner))に提出する

②認証官は、就業規則案を受領した後、雇用者、労働組合(もしあれば)および労働者の代表に事情を聴く適切な機会を与えた後で、必要であれば修正、追加を行った上で認証する。その後、認証された就業規則の写しを7日以内に雇用者に送付する

③認証済就業規則は、認証された写しが雇用者に送付された日から30日が経過した後に施行される

④認証済就業規則は、原則として、策定または最終の修正が施行された日から6か月が経過するまでの間、修正することができない

上記で述べたとおり、1から3までの間は、モデルStanding Ordersがそのまま適用されることになります。

注意すべきは、就業規則(Standing Orders)は、単に届出を行えば良いというものではなく、認証官による認証が必要とされている点です

一般に、モデルStanding Ordersに近ければ近い内容であるほど、認証は下りやすくなり、内容が離れれば離れるほど、(個別的な審査が必要となることから)認証に時間がかかる(場合によってはそのままでは認証が下りない)、と言われています。

そのため、あまりにモデルStanding Ordersからかけ離れた就業規則を制定してしまうと、いつまでも認証がおりず、その間ずっとモデルStanding Ordersが適用され続けるという本末転倒な事態が生じてしまう可能性があります。

よって、雇用者(=会社)が独自のStanding Ordersを制定する場合、必ずしもモデル就業規則と同一である必要はないものの、認証を受けやすくするという観点からは、できるだけモデルに従った内容にすべきと言えるでしょう。

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労働条件、労働契約等に関する解説は、一応これで終了です。

次回は、インドにおける非正規雇用(試用期間、パート、派遣労働者等)について解説したいと思います。

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インド労働法解説その6 -工場以外の雇用におけるモデル労働契約-

今回から、インド労働法解説を再開します。

さて、前回までで、

1 インドには就業規則制定の一般的義務はないこと

2 したがって、被雇用者との契約は、全て個別の労働契約とすることも可能であること(もっとも、全て個別契約としてしまうと文書管理が大変なので、実務上は服務規程を作成して、契約書には「労働条件は服務規程に従う」等と記載することが行われていること)

3 それらの労働条件は、

①工場および工場附属施設については、1948年工場法(Factories Act, 1948)に基づいて(ただし、工場で働くworkmanの数が100人を超える場合、「1946年産業雇用(就業規則)法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)」)に基づいて)

②工場以外のオフィス等の施設の勤務条件については、その地域の、「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」に基づいて

それぞれ定められること

を解説してきました。

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では、実際にはどのような契約を結べばよいのか(工場については、どのような規則を定めればよいのか)、というのが次の問題となります。

まず、工場以外のオフィス等の施設については、個別の労働契約(または服務規程方式)で対応すべきことになります。

労働契約は、各施設に応じてさまざまなものがありえますが、モデルとなる労働契約としては、下記JETROのサイトの「インド労働法調査別添1~3」が役立つのではないかと思われます。
http://www.jetro.go.jp/world/asia/in/reports/07000147

ちなみに、このJETROの報告書は、インドの労働法の概要についてまとめたものであり、報告書本文には和訳もついていますので(なお、別添1~3には和訳はついていません)、インドの労働法について調べる場合、何かと参考になるのではないかと思われます。

別添1は一般的な雇用契約書(workman、non-workmanいずれにも使用可能です)、別添2はマネジメントクラスと契約する場合の別添1から変更点、別添3は外部のアドバイザリー等と契約する場合の契約書、のそれぞれ雛形となっています。
(「別添3は、そもそも労働契約じゃないんじゃないのか?」という無粋な突っ込みはなしです)

もちろん、別添1や2の雛形をそのまま利用する必要はなく、また各事業所、施設ごとに特殊性があることを考えるとそうすべきでもありませんが、報告書本文と併せて読むことにより、ある程度インドにおける労働契約のイメージがつかめるのではないかと思います。

なお、このサンプル契約は、デリー準州における、「1954年デリー店舗および施設法 (Delhi Shops and Establishments Act, 1954)」に定められた労働条件に基づく契約であり、他の州(=当該州の店舗および施設法が適用される)においては、このサンプル契約をベースとすることはできないことに十分に注意すべきです

別添1のサンプル契約において、契約条項の主なポイントとしては、以下のようなものが挙げられます。

・全ての条項は、1954年デリー店舗および施設法に定められた労働条件に従う

・被雇用者がworkmanの場合、期間の定めのある雇用とする
→期限切れにより契約期間を更新しないことは、基本的には解雇には該当せず、解雇規制が適用されないため

・雇用終了後の競業避止義務条項は原則無効
→ただし、心理的な抑制効果を狙い、あえて競業避止義務条項を設けることもある

・賞与の支給について定める場合、支給は雇用者の裁量によることを明確に定める
→被雇用者の権利と解されるような書き方はしない

・知的財産権の雇用者への帰属
→いわゆる職務発明が、雇用者に帰属するよう定める

・労働者の守秘義務の規定

もちろん、他にも事業所や施設の特殊性、あるいは事業形態等により、さまざまな労働契約上のポイントが生じえるため、このサンプル契約の雛形を、名前だけ適当に入れてそのまま使う、ということは避けた方が良いでしょう。
契約が詳細なだけに、かえって将来紛争が生じたときに、会社側に不利になる可能性があります(例:「これだけ詳細な契約であるにもかかわらず、この点については定めていないのだから、これについては労使間で合意する意思がなかった」と、労働審判等において認定される可能性など)。

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一方、工場については、1948年工場法や1946年産業雇用(就業規則)法が適用されるため、上記サンプル契約等を利用することはできません。

以前解説したとおり、1948年工場法に基づく保護が適用される「工場」とは、「機械作業の場合10人以上、手作業の場合20人以上の労働者(workman)が雇用されている、または過去12か月のいずれかの日に雇用されていた工場」をいいます。
これらの工場については、1948年工場法に基づいて、労働条件が定められる必要があります(なお、上記要件をみたさない工場については、そもそも1948年工場法が適用されないため、通常の店舗および施設法に基づいて労働条件が定められるべきことになります)。

ただし、工場で働くworkmanの数が100人を超える場合、1946年産業雇用(就業規則)法が適用され、同法により労働条件が規制されることになります。
いわゆる就業規則としてのStanding Ordersの制定が求められるのは、この場合です。

ということで、次回、①workmanが10人以上(あるいは20人以上)100人以下の工場、②workmanが100人超の工場に分けて、どのような労働条件を定めれば良いのか(またはどのような規則を定めればよいのか)を解説していきたいと思います。

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インド労働法解説その5 -店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)の内容-

インド労働法解説の続きです。

前回、(工場以外の)オフィス等の施設の勤務条件については、その地域の、「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」が、労働時間、賃金支払、超過勤務、休暇、休日その他の雇用条件について規制していることを解説しました。

今回は、その「店舗および施設法」の内容の解説です。

といっても、全ての地域の「店舗および施設法」を解説することは難しい(というか、できない)ので、代表例として、デリー連邦直轄領における「店舗および施設法」である「1954年デリー店舗および施設法 (Delhi Shops and Establishments Act, 1954)」のうち、重要な内容に絞って解説したいと思います。

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1.登録義務
法令上は、雇用者は、施設が作業を開始した日から90日以内に、所定の様式、手数料とともに施設の登録の申請を行う必要があるとされています。
登録先は、デリーのLabour Commissionerのオフィスの、Chief Inspectorと呼ばれる係官です。

ただし、1989年11月23日以降、この登録義務は停止されています。
理由はよくわかりませんが、おそらく係官の手が回らないからではないでしょうか。

ということで、現在のところ、デリーでは、オフィスその他の施設の登録は不要です。
(なお、他の地域で同様にこの登録義務が停止されているかは不明です)

2.勤務時間
被雇用者を働かせて良いのは、通常、1日9時間および1週間48時間までです。
被雇用者が1日に9時間または1週間に48時間を超えて勤務した場合には、その超過分の勤務は超過勤務とみなされ、1時間につき、当該被雇用者の通常の1時間あたりの給与の2倍の超過勤務手当てを支払う必要があります。

ただし、原則として、超過勤務を加えても、1週間に54時間を超えて勤務させることはできません。地域によっては、特例としてこの上限が免除されている場合もありますが、その場合でも超過勤務に対する賃金の支払義務は免除されません。

また、被雇用者を連続して働かせて良いのは5時間までで、最低でも5時間おきに30分以上の休憩を挟む必要があります。

3.休暇
雇用者は、最低でも1週間に1日、休みを設ける必要があります(通常は日曜日)。
また、祝日として、独立記念日(8月15日)、共和国記念日(1月26日)、マハトマ・ガンディー誕生日(10月2日)についても休む必要があります。

被雇用者を休日(下記に述べる有給休暇も含む)に勤務させる場合、1時間につき、当該被雇用者の通常の1時間あたりの給与の2倍の超過勤務手当てを支払う必要があります。

被雇用者は、雇用中、1年が経過するごとに、15日以上の特別休暇、および毎年12日以上の有給の臨時休暇または病気休暇を取得することができます。
これらの休暇は、45日を上限として、次年度に繰り越すことができます。

4.女性、若年者の労働制限
13歳未満の子供を雇用することはできません。
また、13歳以上の若年者の場合、1日6時間を越えて働かせることはできず、また最低3時間半ごとに30分以上の休憩を挟む必要があります。

さらに、女性および若年者を、夏季は午後9時から午前7時まで、冬季は午後8時から午前8時まで、施設において勤務させることはできません。

※ …なんというか、若年者についてはともかく、女性については一種の女性差別のような気もしますが、まあそこはお国柄ということで。

5.解雇規制
3か月以上の継続的雇用にあった被雇用者の雇用を終了しようとする雇用者は、当該被雇用者に対し、少なくとも1か月前までの通知(または通知に代わる賃金の支払)を行わなければなりません。
この規定は強行規定であるため、たとえ契約で無通知での解除を規定していたとしても、無効となります。

ちなみに、懲戒解雇の場合、通知義務やそれに代わる賃金の支払い義務は不要です(もっとも、懲戒解雇は非常に面倒な手続を伴うため、実務上は行うことが難しいです)

6.その他の義務

・賃金の適時支払義務

・被雇用者の健康、安全およびその他の福利に関する措置の遵守義務

・記録の保存、休業日および労働時間を記した通知の掲示、被雇用者の名簿の保持、賃金簿の保持義務

・辞令(letter of appointment)の交付義務
辞令には、①雇用者の名前、②勤務させる施設の名前、③被雇用者の名前、父親の名前および年齢、④勤務時間、⑤辞令交付日を記載する必要があります。
※ ③の「父親の名前」あたりがお国柄ですね。

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デリーにオフィスがある場合、被雇用者と雇用契約を締結する際には、上記規制に注意して契約内容を定める必要があります。

なお、「1954年デリー店舗および施設法 (Delhi Shops and Establishments Act, 1954)」の内容については、以下のデリーのLabour Commissionerのウェブサイトのページがとても参考になります。http://www.delhi.gov.in/wps/wcm/connect/doit_labour/Labour/Home/Shops+and+Establishments+Inspectorate/

次回からは、労働契約と就業規則(standing orders)について、もう少し解説していきます。

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インド労働法解説その4 -雇用条件規制-

インド労働法上は、特定のケースを除いて就業規則の制定の必要が無いこと、したがって個別契約でも対応することは可能であること(ただし、文書管理の手間等を考えると、服務規程を作成した方が効率的)について、前回解説しました。

今回は、実際に個別契約や服務規程を作成する上で、どのようなルールに従うべきかについて、解説していきます。
なお、特定のケースにおける就業規則(Standing Orders)の作成の際のルールについては、次々回に解説する予定です

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さて、個別契約を締結する場合にせよ、服務規程を作成するにせよ、その内容は自由に定めてよいわけではありません。
たとえば、この人は優秀だからということで、「1日18時間、1週間で108時間働くこと」と日本の大手法律事務所のような無茶な条件を労働契約で定めたとしても、そのような契約は法律に違反し、無効です。

ここでいう「法律」というのは、第1回でリストアップした法律の1つである、

[州名または都市名] 店舗および施設法([  ] Shops and Establishments Act)

です。

この法律は、連邦法ではなく州法なのですが、どの州も同じ名称の法律を制定しているため、法律名の前の州名または都市名で、どの州法かを見分けることになります。

たとえば、デリー連邦直轄領では、「1954年デリー店舗および施設法 (Delhi Shops and Establishments Act, 1954)」が制定されています。
また、ムンバイのあるマハラシュトラ州では、「1948年ボンベイ店舗および施設法(Bombay Shops and Establishments Act, 1948)」が制定されています。

同じように、チェンナイやバンガロールなど、インドの主要都市および州において、都市や州の名称を冠する「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」が規定されています。

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さて、「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」は、店舗や施設(商業施設)における、全ての被雇用者(workmanであるか否かを問わない)の、労働時間、賃金支払、超過勤務、休暇、休日その他の雇用条件を規制しています。

ただし、同法は州法であるため、その規制はあくまでその州内に適用されるにとどまります。
言い換えれば、「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」の内容は、各州によって異なるということです。

日本では労働基準法とその施行規則が、全国画一で、労働時間や賃金支払等の雇用条件を規制していますが、インドでは州ごとに雇用条件規制の内容が異なることに注意が必要です。

ちなみに、インドの労働関係の連邦法で、基本法となる法律は、1947年産業紛争法 (Industrial Disputes Act, 1947)ですが、同法は解雇や労使紛争などについては規定しているもののの、個別の労働条件規制は定めていません。
そのため、「労働条件をどのように定めるか」という観点からは、その州の「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」が最も重要な法律であると言えます。

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重要な適用除外として、、「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」は、「1948年工場法(Factories Act, 1948)」に基づく保護が適用される工場および工場附属施設の労働者(workman)には適用されません。

「1948年工場法(Factories Act, 1948)」に基づく保護が適用される工場とは、機械作業の場合10人以上、手作業の場合20人以上の労働者(workman)が雇用されている、または過去12か月のいずれかの日に雇用されていた工場をいいます。

このような工場のworkmanについては、連邦法である「1948年工場法(Factories Act, 1948)」(工場で働くworkmanの数が100人を超える場合、「1946年産業雇用(就業規則)法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)」)が適用され、同法により労働条件が規制されることから、重ねて「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」による労働条件規制を行う必要が無いためです。

ただし、「1948年工場法(Factories Act, 1948)」や「1946年産業雇用(就業規則)法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)」が適用されるのは、あくまでその工場で働いているworkmanに対してのみであり、non-workmanに対しては適用がありません。
そのため、上記各法律が適用される場合であっても、工場のnon-workman(工場長などの管理監督者)については、「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」の適用がありうることに注意が必要です。

よって、インドに事業所やオフィスのみを置いている日本企業にとっては、その地域を管轄する「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」が、工場を保有している日本企業にとっては、「1948年工場法(Factories Act, 1948)」(あるいは「1946年産業雇用(就業規則)法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)」)ならびに「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」が、被雇用者の労働条件を定める上で、最も重要になるといえます。

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さて、何度も述べているとおり、「店舗および施設法 (Shops and Establishments Act)」は州法であるため、その内容は各州、都市ごとに異なっており、全ての州について法令の内容を個別に解説することは困難です。

そこで、次回は、代表として、最も日本企業の進出が多い地域であろうデリー連邦直轄領の「1954年デリー店舗および施設法 (Delhi Shops and Establishments Act, 1954)」について、その概要を解説したいと思います。

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インド労働法解説その3 -就業規則-

インド労働法解説を再開するにあたり、これまでの記事(といっても2回分しかありませんが…)を見直したところ、特に第2回について、いくつか間違いがありましたので、訂正しました。

訂正した記載は、以下のとおりです。

・「workman」は、労働法上の保護対象となるが、「non-workman」は保護対象にならないとの記載
→インド労働法の中には、確かに保護対象をworkmanのみとする規定も相当程度ありますが、他方で保護対象を被雇用者(employee)とする規定も少なからずあります。
よって、non-workmanについては、全く労働法の保護対象にならないかのような記載はミスリーディングですので、訂正しました。

・労働組合への加入資格
→「労働組合に加入できるのはworkmanのみである」と記載していましたが、実際には労働組合に加入できるのは被雇用者(employee)であり、non-workmanも加入可能です。
ここは明白な誤りですので、訂正しました。

上記訂正部分については、第2回の解説で下線を引いて訂正していますので、ご参照ください。

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さて、本日は、上記のほか、第2回の解説でもう1つ下線を引いて訂正した、就業規則についての解説です。

まず、大前提として、インドでは、一定の要件をみたす場合を除き、原則として就業規則を策定する必要はありません。

日本では、10人以上を雇用する事業所は、就業規則を策定の上、当該事業所を管轄する労働基準監督署に届け出る必要がありますが、インドでは、そのような義務はありません。

そもそも、インドには、日本の労働基準監督署に相当する組織がありません。
後日解説するとおり、インドには地域ごとに労働コミッショナー(Labour Commissioner)とい呼ばれる担当官は存在しますが、これは主として労働組合を規律する担当官であり、日本の労働基準監督署のように、労使紛争を全般的に管轄するものではありません。
(ちなみに、デリーの労働コミッショナーのオフィスのウェブサイトはこちら↓)
http://www.delhi.gov.in/wps/wcm/connect/doit_labour/Labour/Home/Trade+Union/Trade+Union

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上記で、「インドでは、一定の要件をみたす場合を除き、原則として就業規則を策定する必要はありません」と書きましたが、ここでいう「一定の要件」とは、1946年産業雇用(就業規則)法(Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)により、雇用条件としての「就業規則(Standing Orders)」を定める義務が課される場合をいいます。

具体的には、100人以上の労働者が雇用されている、または100人以上の労働者が過去12か月のいずれかの日に雇用されていた産業施設(工場、鉱山、プランテーションなど)については、同法上、雇用条件としての「就業規則(Standing Orders)」を定める義務が課せられます。

逆に言えば、上記以外の場合については、就業規則の策定義務はありません。
よって、日本企業のインド現地拠点が通常の事業所、オフィスであれば、当該事業所について就業規則を定める必要は無く、被雇用者(employee)との間の契約は、全て個別契約で対応することも可能です

ただし、被雇用者との間の雇用条件等を、全て個別契約で管理する場合、文書管理が大変になります。
もし特定の労働者との間で紛争が生じた場合、いちいち個別契約を引っ張り出してこないといけませんし、辞めた労働者の契約も、後日の紛争可能性を考慮すると、一定期間は破棄しない方が無難なため、文書を保管しておく必要があります。

インドの労働契約は、最低でも10ページ以上、場合によっては20ページを超えることもあるため、個別にいちいち契約していたのでは、これらの文書管理が面倒でしかたありません。

そこで、実務上は、個別の労働契約に共通する内容(勤務時間、休み、経費精算、守秘義務など多数)を取り出し、服務規程(Employment Policy)として制定して、個別の労働契約については、「服務規程に従う」との文言を入れた上で、簡素化することが行われています。

注意すべきは、この「服務規程(Employment Policy)」と、上記で述べた「就業規則(Standing Orders)」とは、インド法上、法的な位置づけが全く異なるという点です

「就業規則(Standing Orders)」は、100人以上の労働者が雇用されている産業施設について、雇用条件として制定する義務が課せられているのに対し、「服務規程(Employment Policy)」は、制定するかどうかはあくまで会社の任意です。

服務規程(Employment Policy)は、「文書管理を簡素化、効率化する」という観点から、会社が任意に定めるものであるため、定めなくても全く問題ありません。
そのため、上記産業施設以外の事業所については、全ての被雇用者と個別契約を結ぶという対応でも問題ありません(実際に、そのように対応している日本企業の現地事業所も多数あります)。

ただ、事業所の現地採用者が数十人を超える場合、辞める人、新たに雇う人といった人材の流動性を考慮すると、個別契約だと文書管理が非常に手間になるということから、服務規程(Employment Policy)を定めたほうが良い、というだけです。

現在、インド労働法について日本語で書かれた本では、上記「就業規則(Standing Orders)」と「服務規程(Employment Policy)」の区別を十分に認識していないものが多く、両者の議論をごちゃまぜにしているきらいがあるため、注意が必要です。

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さて、被雇用者と個別で契約する場合であっても、服務規程(Employment Policy)を定める場合であっても、その内容は自由に定めてよいというわけではなく、インド労働法上の強行規定により、一定の制限がかかります。

次回は、そのような労働契約の締結や服務規程の制定上の制限について、解説したいと思います。

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【再開します】インド労働法解説

長らく放置していたこのシリーズですが、ようやく自分の中である程度まとまってきましたので、解説を再開しようと思います。

今週金曜日(もう明日ですね、早っ)にインド労働法のセミナーを控えているため、それが終わったら、セミナーで受けた質問等も踏まえて、解説を進めていこうと思います。

ちなみに、現在インドで勤務されている知り合いの日本人弁護士の方から、Companies Bill, 2009(インド会社法の抜本改正案)についてのとてもよくまとまった資料をいただいたので、その資料をもとに勉強し、インド労働法解説が一通り終わったところで、こちらも解説していければと思っています。

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なんだか最近は論文書きが多いです。

ようやくインド競争法に関する論文を書き上げたと思ったら、今度はみなし公開会社規制の論文の締切が迫ってきています。

みなし公開会社規制の論文は、実は結構前に書き始めていたのですが、論文を8割方書き上げたところで、「Companies Bill, 2009では外国会社の子会社についてみなし公開会社規制が廃止される予定である」との情報が入ってきて、すっかりやる気をなくして放置していました

とはいえ、Companies Bill, 2009が国会を通るとしても、さすがに即日施行ということはないでしょうから、まあ一定期間は意味があるのかなと、自分をだましつつ頑張りたいと思います。

色々書くことが多すぎて、本の執筆が全然進まない……

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インド労働法解説その2 -「workman」と「non-workman」-

インド産業紛争法(Industrial Dispute Act, 1947)原文リンク
http://www.vakilno1.com/bareacts/industrialdisputesact/industrialdisputesact.htm

(関連記事)
インド会社法解説その26 -会社の清算③-

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インド労働法の特徴として、会社の従業員が「workman(労働者)」に該当する場合には、各種労働法上の保護規定の適用対象となって手厚い保護が与えられる反面、「workman」に該当しない者(講学上、「non-workman」と呼ばれることが通常です)については、労働法上、「workman」のみを保護対象とする規定(多数あります)の適用対象にならず、したがって保護が限定的になるという点が挙げられます。

インド労働法規制の基本的発想として、「workman」については、弱い立場にある労働者として保護すべきとされており、その反面として、「non-workman」については、会社と対等の当事者として、両者間の関係は通常の契約法(1872年インド契約法(Indian Contract Act, 1872))に基づく契約によって規律されるべきとされています。

そのため、たとえば、100人以上の産業施設について制定が義務付けられる就業規則 (Standing Orders)の適用対象となるのも「workman」のみであり、会社と「non-workman」との間の就業関係の規律は、両者間の契約内容によることになります。
なお、追って解説するとおり、日本と異なり、インドには一般的な就業規則の制定義務はありません

また、次回以降で解説するインドの各種労働法上、会社は、「workman」に対して、賞与支給、退職金支払い、有給休暇の付与などを行うことを義務付けられていますが、「non-workman」については、それらを与えるかどうかは会社と「non-workman」の契約内容次第ということになります。
ただし、実務上は、「non-workman」に対しても、その会社で「workman」に対して与えられるのと同様の待遇を与えるのが一般的です(つまり、契約により、同じような待遇を合意するということです。そうでないと、普通は契約してくれません)。

なお、労働組合については、加入資格が「被雇用者(employee)」とされているため、「workman」、「non-workman」ともに労働組合に加入することは可能です。
(ただし、実際には、経営者側に立つ「non-workman」が、労働組合に加入する例はまれです)

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ということで、インド労働規制を概観するに際し、「workman」と「non-workman」とを区別することは極めて重要になります。

さて、「workman」については、1947年インド産業紛争法(Industrial Dispute Act, 1947)第2条(s)により定義されています。
「non-workman」というのは、「workmanでない者」を表すための便宜的な表現ですので、「workman」の定義を知ることが、そのまま「non-workman」の範囲を知ることになります。

以下、1947年インド産業紛争法(Industrial Dispute Act, 1947)第2条(s)の原文を引用します。

第2条

(s) "workman" means any person (including an apprentice) employed in any industry to do any manual, unskilled, skilled, technical, operational, clerical or supervisory work for hire or reward, whether the terms of employment be express or implied, and for the purposes of any proceeding under this Act in relation to an industrial dispute, includes any such person who has been dismissed, discharged or retrenched in connection with, or as a consequence of, that dispute, or whose dismissal, discharge or retrenchment has led to that dispute, but does not include any such person

(i) who is subject to the Air Force Act, 1950 (45 of 1950), or the Army Act, 1950 (46 of 1950), or the Navy Act, 1957 (62 of 1957); or

(ii) who is employed in the police service or as an officer or other employee of a prison; or

(iii) who is employed mainly in a managerial or administrative capacity; or

(iv) who, being employed in a supervisory capacity, draws wages exceeding one thousand six hundred rupees per mensem or exercises, either by the nature of the duties attached to the office or by reason of the powers vested in him, functions mainly of a managerial nature.

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上記第2条(s)の本文において、「workman」は、

「手作業的、非熟練的もしくは熟練的、技術的、作業的、事務的または監督的業務のために雇用された雇用者をいう」

と定義されています。

この定義では、会社に雇用された者はほぼ全て「workman」に該当することになってしまいそうですが、重要なのは(i)から(iv)まで規定されている例外規定です。

具体的には、
(i) 空軍、陸軍および海軍所属の者(要するに軍人)
(ii) 警察または刑務所に雇用されている者
(iii) 経営的または管理者的立場(managerial or administrative capacity)にある者
(iv) 賃金月額が1600ルピーを超えており、かつ監督者的立場(supervisory)にある者
については、「workman」の定義から除外されます。

上記のうち、(i)と(ii)は、インドに進出する日本企業には通常無関係であるため、重要なのは(iii)と(iv)ということになります。

もっとも、この(iii)と(iv)に該当するかどうかの基準は必ずしも明確ではありません。
(iv)の「賃金月額が1600ルピー超」というのは、客観的な基準であることから明確であるといえますが、「経営的または管理者的立場(managerial or administrative capacity)」や「監督者的立場(supervisory)」ということになると、その判断はケースバイケースで個別的に行わざるをえない面があるためです。

このあたりは、最近日本でもファーストフード店長の事件等で話題になっている「管理監督者」と通常の従業員の区別の問題に通じるところがあります。

ただ、インドの「workman」の区別基準の議論が、日本の「管理監督者」の区別議論と決定的に異なるのは、日本の「管理監督者」は、あくまで労働者の1カテゴリーであって基本的には労働基準法の保護が受けられるのに対し、インドで「non-workman」であるということになってしまうと、多くの労働関連法の保護対象そのものから外れてしまうという点です。
そのため、インド進出企業の立場から見ると、インドにおける「workman」と「non-workman」の区別の問題は、日本の「管理監督者」への該当性への問題よりも深刻な問題であるといえるかもしれません。

「workman」と「non-workman」の具体的な区別基準については、インド当局からガイドライン等も出ていないようであり、基本的には判例の蓄積による判例法に従うということのようです。

私自身、インドで労働法だけを専門的に調べていたというわけではないため、現在のインドにおける議論状況に精通しているというわけではありませんが、区別基準についての一般論を述べれば、特に外国企業においては、インドにおいて雇用した者を「non-workman」として扱うことには慎重であるべきと考えます。
少なくとも、日本の「監理監督者」の概念を、そのまま「non-workman」に当てはめるということはしない方がいいでしょう。

上述の通り、「workman」と「non-workman」との間には、労働法上の保護規定自体の適用が認められるか認められないかという大幅な地位の相違があり、かつインドではいったん労働者と紛争になった場合、労働裁判所での裁判など、非常に手間と時間がかかります。
自社で雇用した者を安易に「non-workman」として扱っていると、「non-workman」扱いされた者が会社相手に労働紛争を起こしてきた際に、非常に大きなダメージを受けることにもなりかねません。

「non-workman」のイメージとしては、「取締役ではないが、その者がいないと会社の経営に重大な支障をきたすような、きわめて重要な役割、職責を担う者」というくらいコンサバティブに考えておいた方が、労務管理上は安全であるといえます。
具体的には、会社の共同設立者だが役員にはなっていない者、インド会社法上のmanagerの地位を有している者、工場長や部長など一定以上の規模の事業部または部門につき裁量的権限を有している者などが、一般にこれに該当すると考えられます。

いずれにしても、雇用した者を「workman」として扱うか「non-workman」として扱うかは、現地の労働専門のコンサルタントの意見も聞いた上で、十分に慎重に判断すべきです。

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次回からは、各法令に基づく規制の各論の解説です。
なるべく早く更新できるよう頑張ります。

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インド労働法解説その1 -基本法令-

インド法解説シリーズ、今回からインド労働法に関する解説です。

インドの法律事務所で勤務していたときも、労働法関連の質問はかなり多く受けたので、インドの労務規制および実務については、日本企業の皆さんの関心が高いところではないかと思われます。

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インドにおいて、労働者の権利に関する法律は、インド中央政府と州の双方が立法権限を有するものとされています(インド憲法(Constitution of India)246条および同法別紙7)。

連邦法は州法に優先するため、連邦法が明文で州法による修正を禁じている条項や、連邦法の趣旨から州法で独自の修正を行うことが認められないと解される条項については、州法による修正は認められません。
ただ、実際には、連邦法の内容で修正が認められないものは、「労働者」の定義など全国統一的な解釈が強く要請されるものや、子供の深夜労働禁止など社会的弱者保護が強く要請されるものに限られるため、実質的には州法はかなり自由に連邦法を修正することができます。

そのため、インドの労働法において、連邦法の内容がそのまま適用される州は少なく、多くの場合、州法により連邦法の内容に一定の修正が加えられています。

インドの州は28にも及ぶため、各州の個別的な相違まで解説することは困難であることから、本ブログの会社法解説では、基本的に連邦法に絞って解説していきたいと思います。

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インドの労働および社会保障に関する連邦法は、2008年現在、50程度あると言われています(何をもって「労働および社会保障関係法」と分類するのかの基準がはっきりしないため、正確な数はわかりません)。

その中で、日本でいえば労働基準法にあたる、もっとも基本的な法律は、1947年産業紛争法(Industrial Dispute Act, 1947)です。
同法は、労働法全般の適用対象となる「労働者(workman)」の概念を定めているなど、インドの労働法を概観するにあたって必ず登場する法律です。

その他、日本企業が現地でインド人労働者を雇用するにあたって考慮しなければならない主な連邦法((2)の「店舗及び設備法」のみ州法)は以下のとおりです。

(1) 労使紛争関係
・1947年産業紛争法 (Industrial Disputes Act, 1947)
・1926年労働組合法 (Trade Union Act, 1926)

(2) 労働条件(賃金、退職金等を含む)関係
・1948年工場法 (Factories Act, 1948)
・1946年産業雇用(就業規則)法 (Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)
・[州名または都市名] 店舗および設備法([  ] Shops and Establishments Act)(州法のため、法律名の前に各州または地域の名称がつく)
・1942年週休法(Weekly Holidays Act, 1942)
・1948年最低賃金法 (Minimum Wages Act, 1948)
・1936年賃金支払法 (Payment of Wages Act, 1936)
・1965年賞与支払法 (Payment of Bonus Act, 1965)
・1972年退職一時金支払法 (Payment of Gratuity Act, 1972)

(3) 社会保障関係
・1948年従業員国家保険法 (Employees’ State Insurance Act, 1948)
・1952年従業員年金基金および雑則法 (Employees’ Provident Funds and Miscellaneous Provisions Act, 1952)
・1923年労働者補償法 (Workmen’s Compensation Act, 1923 )
・1963年私傷(補償保険)法 (Personal Injuries (Compensation Insurance) Act, 1963)

(4) 社会的弱者保護関係
・1976年拘束労働制度(廃止)法 (Bonded Labour System (Abolition) Act, 1976)
・1986年児童労働(禁止および規制)法 (Child Labour (Prohibition and Regulation) Act, 1986)
・1976年均等報酬法(Equal Remuneration Act, 1976)
・1961年産婦便益法(Maternity Benefit Act, 1061)
・1979年州間出稼ぎ労働者(雇用および役務条件)法(Inter-State Migrant Workmen (Regulation of Employment and Conditions of Service) Act, 1979)

(5) 派遣労働
・1970年請負労働(規制および禁止)法 (Contract Labour (Regulation and Abolition) Act, 1970)

(6) その他
・1961年徒弟研修法(Apprentices Act, 1961)
・1988年労働法令(特定事業所に対する報告および登録の免除)法 (Labour Laws (Exemption from furnishing returns and maintaining registers by certain establishment))

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上記以外にも多くの連邦法がありますが、いずれも適用対象が特定の事業分野の労働者であったり、インド政府(または州)への義務付けを定めている法律であるなど、一般にインドに進出する日本企業との関係では関連性が薄いと考えられることから、本ブログでは解説しません。

次回は、これらの法令の適用対象(=法令による保護対象)となる「workman」の定義について解説し、次々回以降、個別の法令の概要について解説していきたいと思います。

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なお、インド労働法については、現在のところ、下記の本が日本語文献として最も詳細に解説してくれています。

「インドへの投資ガイドブック 中小企業経営者のために」 
関西インド研究会 (第一法規)
http://www.daiichihoki.co.jp/dh/product/024059.html

1946年産業雇用(就業規則)法 (Industrial Employment (Standing Orders) Act, 1946)の適用対象についての記載や、労働紛争の解決方法など、一部誤りまたは不適切と思われる記載もありますが、全体としては現在日本にある日本語文献の中では最もわかりやすくまとまっており、インドで労働者を雇用している(あるいは雇用を予定している)日本企業は、買って絶対に損はないと思います。

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