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まあ、弁護士の就職難、生活難がささやかれる昨今、忙しくて目が廻りそうというのは有難いことなんでしょうが。

限度があるぞこのやろうと。

過去にどこかで書いたことがあるような記事ですね、はい。

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数学の才能の無きを悲しむ

三連休に、少し時間があったので、久々にがっつり数学をやってみました。

今回のテーマは、三角関数のテイラー展開。

うん、わからん

三角関数の微分あたりはともかくとして、その後の冪急数展開になるとお手上げ。

「公式として覚えろ」と言われれば覚えることはできるでしょうが、その後ろにあるロジックは何回解説書を読んでも理解不能。

解説を読んで、公式に戻って、また解説を読んで…

気がつくと、あっという間に半日が経っていました。

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それにしても、数学くらい、純粋な意味での「才能」が全てという学問は他に存在しないのではないでしょうか。
そのことは、多くの数学者が、20代から30代で著名な業績を挙げていることにも現れていると思います。
通常の学問では、歳をとるにつれて経験や知識が蓄積されていくため、年齢を経た方が深い分析が可能になることが一般的ですが、数学だけは才能と脳のパフォーマンスの高さが研究の深さにもろに直結するため、生物的に若く、脳が元気な時期に著名な功績を上げることが多いということなのでしょう。

ちなみに、数学における最高権威のフィールズ賞には、受賞者の資格を「40代以下」に限定しています。
学問の賞で、年齢制限、しかもここまで若い限定をかけている賞は、ちょっと他に見当たりません。

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昔から、数学は好きで好きでしょうがなかったのですが、同時に最もできない科目でもありました。
そういえば、大学受験でも、数学が足枷になって最後まで苦しんだなあ。

今は休日にわずかな時間を割いて本を読む程度ですが、いつか過労で入院するときがきたら、じっくり時間をかけて取り組んでみたいものです。

今の生活だと、そう遠い未来でもなさそうですが。

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働くモチベーション

「仕事」には「私の仕事」と「あなたの仕事」のほかに「誰の仕事でもない仕事」というものがある。そして、「誰の仕事でもない仕事は私の仕事である」という考え方をする人のことを「働くモチベーションがある人」と呼ぶのである。

道ばたに空き缶が落ちている。

誰が捨てたかしらないけれど、これを拾って、自前のゴミ袋に入れて、「缶・びんのゴミの日」に出すのは「この空き缶を見つけた私の仕事である」というふうに自然に考えることのできる人間のことを「働くモチベーションのある人」と呼ぶ。

別に私は道徳訓話をしているのではない。

私が知る限り、「仕事のできる人」というのは、例外なく全員「そういう人」だからである。

ビジネスの現場において、「私の仕事」と「あなたの仕事」の隙間に「誰の仕事でもない仕事」が発生する。

これは「誰の仕事でもない」わけであるから、もちろん私がそれをニグレクトしても、誰からも責任を問われることはない。
しかし、現にそこに「誰かがやらないと片付かない仕事」が発生した。

誰もそれを片付けなければ、
それは片付かない。

そのまましだいに増殖し、周囲を浸食し、やがてシステム全体を脅かすような災厄の芽となる。
災厄は「芽のうちに摘んでおく」方が巨大化してから対処するよりずっと手間がかからない。

共同体における相互支援というのは要するに「おせっかい」ということである。

最初に「災厄の芽」をみつけてしまった人間がそれを片付ける。

誰もが「自分の仕事」だと思わない仕事は「自分の仕事」であるというのが「労働」の基本ルールである。

「『おせっかいな人』の孤独」 内田樹 より

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仕事に埋もれた中で、ときどき読むと、元気が出ます。

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OKYその後

インド駐在時の2008年当時、こういう記事を書いたわけですが、なんとその後、一般のニュースサイト等でも取り上げられていたようで。

http://www.j-cast.com/kaisha/2011/02/18088437.html

まさかの日経新聞でも取り上げられています(なんと今年の元旦の記事)。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASM429010_Q2A231C1I00000/?nbm=DGXNASFS2701R_X21C12A2701F00

いつの間にか、市民権を得た言葉になっていたようです。

かくも世の言葉の広まり方というのは恐ろしい。

まあ、それだけ新興国に駐在する日本人駐在員の悩みが深いということなのでしょうが。

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最近やたらと、このブログの検索ワード(どういう検索ワードを使ってこのブログにたどり着いたか)に「OKY」が入っているので、ちょっとGoogleで「OKY」で検索してみたら、なんとこのブログの上記2008年当時の記事が上から2番目に出てきます(2013年1月7日現在)。

というか、「OKY」でGoogle検索して、「お前が(O)、来て(K)、やってみろ(Y)」という意味でこの言葉を取り上げている記事が、1頁目で上から3つしか見当たりません。

このブログの記事も、「OKY」という言葉を世に広めるのに少しは役にたったということでしょうか。

それにしても、5年も前に書きとばした記事がねえ…

ああ恐ろしい。

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明けましておめでとうございます - 2013年-

新年明けましておめでとうございます。

今年も本ブログをよろしくお願いいたします。

年末にお知らせしたとおり、今年は真面目な記事、不真面目な記事を含めて、できるだけ頻繁に更新したいと思いますので、お暇なときにでも読んでいただけると嬉しいです。

年末年始は実家に帰省した後、日帰りでスキーに行ったり温泉に行ったりと、のんびりと過ごしていました。今年は日の並びが良く、十分にリフレッシュできたので、週明けからまた1年間頑張ろうと思います。

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今年の抱負

・仕事を効率よく行う
…自分が専門とする仕事の性質が人に任せづらいものであるということもあり、一昨年、去年と、ひたすら自力でなんとかして頑張ってきたのですが、そろそろ限界を感じているので、今年はできるだけ若者に仕事を任せていけるよう、仕組みを考えたいと思います。

・原稿を書く
…専門書と、それ以外の本、できれば一冊ずつ分の原稿を書きたいです(どちらも今のところ出版の具体的予定がないため、本として出版されるにたりうるだけの質を備えたものを書くことが目標です)。

・ゴルフで100を切る
…去年は惜しいところまで行ったのですが、残念ながらぎりぎり切ることができませんでした。今年は行く回数は去年よりかなり減ると思いますが、より集中して、なんとか100を切りたいです。

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皆様にも、どうぞ良い一年が訪れますように。

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お知らせ

突然ですが、本日より、このブログの更新を本格的に再開したいと思います。
(出だしが閉鎖のお知らせのようですが、更新再開のお知らせです)

ある日突然インドで生活することになって開始したこのブログ。

当初は、自分のための日記というくらいのつもりだったのですが、インド法の解説記事は、当時日本にはまだインド法に関する情報がほとんどなかったこともあり、様々な方から、自分が思っていた以上に高く評価していただきました。

現地で法律書の原典にあたりながら書いていたときは、半ば自己満足のために書いており、「こんな記事が何かの役に立つのかな?」と半信半疑だったのですが、「役に立ちました、ありがとう」という言葉を、想定外といえる多くの方々にかけていただけたことは、望外の喜びでした。

日本法に関するものでなくとも、法律に関する記事を書いて、それが誰かの役に立ったと言ってもらえることは、弁護士という職業人として冥利に尽きます。

また、インド法に関する記事だけでなく、日々のインド生活に関する記事や、インド国内の旅行記についても多くの方々から面白く読んだとの言葉をかけていただき、本当に嬉しく、有難く思いました。

ブログというのは、独り言のようでいて、それでいて常に読者を意識しながら書かれているもの。自分の書いたものが、誰かに読んでもらえ、しかも楽しんでもらえるというのは、純粋に物書きとして嬉しいことです。

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インドにいたときは、週2~3回程度のペースで更新していたこのブログでしたが、その後インドでの滞在を終え、米国に留学するとともに、更新の頻度は落ちます。

ブログのテーマが、「弁護士がつづるインドの法律事情とムンバイの生活事情」である以上、インドから離れてしまえば更新頻度は落ちてしまうのはやむをえないのでしょうが、それでも留学の勉強時間の合間を縫って、細々とインドの法律情報についての記事の更新は続けていました。

本格的に更新が減り、また私自身更新の意欲が薄れてしまったのは、日本に帰国後、仕事に復帰してからしばらく経った頃です。

主な理由としては、

・インド投資に関するアドバイスの依頼や、インド法に関するさまざまな質問への対応等の依頼が増え、きわめて多忙になって、更新にかける時間がとりにくくなったこと

・インド法に関するさまざまな論文や記事の執筆の依頼が増え、「原稿料をもらって記事を書いている」こととのバランス上、記事や論文に書いているインド法の情報をブログに無料で掲載するということに気が咎めたこと

・自分自身も割と楽しんで書いていたインドの生活に関する記事がほとんど書けなくなり、書けるものといえば「お堅い」インドの法律情報に関する記事ばかりということで、書く意欲が沸かなくなったこと

などが挙げられます。

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ここ1~2年は、ほとんど更新もなく、もはや時代の狭間に忘れ去られようとしていたこのブログの更新を再開しようとしたのは、上記の理由のいくつかがある程度緩和されたということもありますが、何よりも、ここ最近、自分の「文章力」が目に見えて落ちていることを実感することが続いたためです。

昔から、文章を書くのが好きでした。

誰に読んでもらえても、もらえなくても、書いているだけで幸せ、と思える時期がありました。

文章を書いているうちに、自分自身の考えが整理されたり、自分自身新たな発見があることも少なからずあり、書くことは私にとって、知的なブレイクスルーのための貴重な方法の1つでした。

それが、ここしばらくは、法律雑誌に寄稿するインド法に関する論文にしても記事にしても過去に書いた文章や、過去に得た知識の使い回しが多くなり、「書くことを通じて自身の内部の知的ブレイクスルーを果たす」ということがめっきり少なくなりました。

また、私の本業である契約書やメモ等の作成も、もちろん個別の案件ごとに違いはあれど、過去に得た知識や経験に照らして解決できないものがすこしずつ少なくなってきて、昔のように「案件ごとに悩み抜く」ということは減ってきました(もちろん、今でも悩みがまったくないわけではありませんが)。

それはそれで、国際取引にかかわる弁護士としての力量の形成の1つの形ではあり、職業人としての弁護士としては決して悪いことではないのでしょう。ただ、そのことに反比例して、私の「考えを文章にする力」、「新たなものに出会い、それを対象として文章にする過程で悩み、もがいて、その過程でブレイクスルーを果たす力」は、確実に衰えてきています。

「物書き」としての私は、これではいかん、と思うわけです。

「お前は物書きではなく弁護士ではないか」

そのとおりです。私の職業であり、その活動に対して日々の糧を与えられているのは弁護士としての業務です。「物書き」としての私には生活能力はありません。

しかし、私は「作家」でありたいわけではありません。その作品に対して一般読者からの評価が与えられ、経済的な見返りを得ることができる者を「作家」と定義するならば、私は「作家」を目指しているわけではありません。

あくまでも、文章を書くことそのものを喜びとし、そこから得るものにより自分を磨き、その結果得られた、たいていは書く前の自分が考えもしなかった新たな発見を楽しむ人間、これを「物書き」と定義した上で、「物書き」でありたいというのが私の思いです。

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この文章は、ここ数年の私の「物書き」としてのあり方についての自己批判であり、反省文です。

この文章もまた、書いているうちに、私にこの数年の自分自身のもやもやした思いを、形にしてわからせてくれました。

私が常々私淑する内田樹先生がおっしゃるとおり、「内的自分などは存在せず、書いたものに現れたものが全て」、「書いているうちに自分の書きたいことがわかってくる」、「文章を書いた自分と、その文章を読んでいる自分は別人」なのです(内田先生の言と完全には一致していないかもしれませんが、概ねこのようなことを常々おっしゃっていたはずです)。

「物書き」としての活動を再開するにあたり、このブログを使用することがよいのか、いっそのこと閉鎖した上で、完全に別名義ではじめるのがよいのではないかなど、色々考えるところもありましたが、過去の「物書き」である自分が書いたものを消し去ってしまうことはよくない、との結論に至りました。

拙い文章ではあれど、その時々の「物書き」としての自分が書いてきたものこそが、今の自分の文章力の礎になっているはずであり、であればそれを消し去ってしまうのではなく、その上に少しずつでも新たに何かを積み重ねていくべきでしょう。

ここ数年の怠惰により、「物書き」としての自分の文章力は見る影もなく衰えており、当分の間はお見苦しい文章を掲載することもあるかと思われますが、このブログでのさまざまな文章表現を通じて、「物書き」としての文章力の錆を落とし、さらに鍛え、磨いていきたいと思いますので、もし読んでも良いよという方がいらっしゃれば、気長に見守っていただければと思います。

「物書き」としての私の最終目標は、私が再度文章力を鍛えなおそうと思った理由の1つであり、私の文章力のなさゆえに破綻した、私が過去に書いた未完成作品を、なんとか人の目に触れさせる程度のものにまで完成させることです。

「せっかく生を受けたのに不幸だね」

この反省文は、ある方のその一言から生まれました。

私が書いたものは、私のものであって私のものではない。であれば、どのような評価を受けるかはともかく、せめて人の目に触れさせることのできる程度のものにはせねばならない。それが「物書き」としての義務であろうと思います。

この文章は、その方への私なりの私信であり、決意表明です(たぶん読んでおられないだろうとは思いますが)。

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後半、やや重苦しい文章となってしまいましたが、このブログに書くこと、インドでやっていたこととあまり変わりません(笑)

ただ、現在日本で生活している以上、インドの生活事情とかは、さすがにもう書けないので、日本での日々の生活で感じたこと、その他その時点で書きたいと思うことを書くようにします。

もちろん、インドの法律事情についても引き続き発信していきたいと思います(実際、こちらの方を参照されている方の方が圧倒的に多いでしょうから)。

本日以降の更新の頻度は、週1~2回程度を考えています。

インドにいたときよりは少ないですが、この程度の頻度が現在の社会人生活の中で、無理なくやれる限界ではないかと思います。

ということで、今週中にもう1~2回更新する予定です。

一応、今考えているのは、インド法に関する情報発信(倒産法について書く予定です)、まさかのあのシリーズの続編です(なんか漫画とかの続編ものみたいで気が進まない感じではあるのですが、リハビリにはちょうどいいかもしれません)。

ということで、今後とも本ブログをよろしくお願いします!

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